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共生の翼 思い思いの空へ 東京パラ、その後

ステージで踊る神原さん。倒した車いすの車輪に乗り、回りながら舞う「ろくろ」は、ダンスを始めて約1カ月で考案した =昨年11月17日、東京都渋谷区(佐藤徳昭撮影)
ステージで踊る神原さん。倒した車いすの車輪に乗り、回りながら舞う「ろくろ」は、ダンスを始めて約1カ月で考案した =昨年11月17日、東京都渋谷区(佐藤徳昭撮影)

東京2020パラリンピックでは、開閉会式を彩ったパフォーマーにもスポットライトが当たった。

大会が掲げた共生社会の実現は、SDGs(持続可能な開発目標)の目標のひとつ「人や国の不平等をなくそう」にも通じる。障害も尊重し認め合う―。そんな社会に向けて新たなステージに踏み出した出演者3人の「今」を追った。

車いすダンサー 神原健太さん

「障害者の枠を超え、格好良いダンサーとしてもっと活躍していきたい」

車いすダンサーの神原健太さん(35)にとって東京パラへの出演は、7年前にダンスを始めた当時の目標だった。大会で「(社会に)多様性を尊重する意識が広がった」と実感。次の青写真を描く。

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生まれつきの脊椎の異常のため下半身が動かない。障害は隠すべきだという考え方は、ダンスと出合って百八十度変わった。

「違う身体だからこそ、おもしろい」

タイトな黒のパンツが舞台衣装。「ほぼ骨と皮だけ」の脚を細いまま見せ、上半身の力強さを際立たせる。普段使っている車いすが小道具として生きる。

昨年12月。小学校でダンスを披露した後、児童から「好きなドラマ」を尋ねられた。車いすダンサーへの質問として的外れかもしれない。だがうれしかった。一人の人としてみてくれていると感じたからだ。

ダンスは心の壁を無くしてくれる。

開会式の主役 和合由依さん

開会式で〝片翼の小さな飛行機〟を演じた和合由依さん(14)。左手と下半身に障害がある中学2年生。演技未経験だったが開会式の主役に抜擢され、話題に。

東京パラの開会式でパフォーマンスを行う(左から)神原さん、和合さん、大前さん =昨年8月24日、国立競技場(佐藤徳昭撮影)
東京パラの開会式でパフォーマンスを行う(左から)神原さん、和合さん、大前さん =昨年8月24日、国立競技場(佐藤徳昭撮影)

「パラリンピックが注目されるきっかけになれて、うれしかった」。達成感が笑顔にあふれる。

大会前は「自分でいいのかな」と迷いもあったという。でも今は「この体だからできることがある」と思えるようになった。

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「由依ちゃんみたいになりたい」。友達から大会後に掛けられた言葉だ。「頑張れば私が障害を持つ人たちのイメージをポジティブに変えていけるかも」。背中を押された気がした。

東京パラの経験を生かして、これからもステージに立って、演技などに挑戦していくつもりという。

「障害があったとしても誰でも輝ける場所があるんだということを発信していきたいな」

義足ダンサー 大前光市さん

暗闇で義足が輝く。希望に見立てた光が、一筋に伸びていく。

「大会の感動を一過性にしてはいけない。今が共生社会実現への転換期」

義足のダンサー、大前光市さん(42)は、自国開催で障害のある人たちが注目を浴びる機会が増えている今こそ、メディアへの露出や舞台に立ち続けることに意味がある―と話す。

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プロのバレエダンサーを目指していた24歳のとき、交通事故で左足を切断した。義足や障害が目立つように踊ることに抵抗があったが「コンプレックスだった左足を生かしたら表現の幅が広がった」と笑う。

短い足が目を引く。光らせることで強調される。事故前の姿のように踊りたいと、もがいた経験があるからこそ伝えたい。

「義足は表現する手段のひとつ。ステージの上に〝SHOW害〟はない」

できないことを無理に目指すのではない。自分の良さを生かした形、動きができれば魅力的に見えると信じている。

多様で誰もが活躍できる―。東京パラで社会にまかれた種。出演者たちはその花が咲くことを願いながら自分の道を歩み続ける。 (写真報道局 佐藤徳昭)

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