音楽と数学の世界を行き来して、ジャズピアニストになった中島さん。その信条はシンプルだ。「人は遊ぶときにはストレスを感じない。遊ぶように、自分の興味・関心から学ぶ方が効果的ですから」
STEAMに関心を抱いたのは約10年前。米オバマ政権が「STEM for all」と呼ばれる教育政策を推進し、米国の有名大がインターネット上で講義を無償公開する活動を広げた頃だった。後にArtが加わり「STEAM」となったが、日本は世界的に理数系の基礎能力が高いとされ、初中等教育では、なかなか浸透しなかったという。
しかし、中島さんは「知識を一方的に教える教育では、自ら問いを立て、試行錯誤しながら答えを見つけ出す力は育ちにくい。新しいものを発見、創造するには、違う視点から考える力も必要です」とその重要性を説く。STEAMを進める各国では、知識暗記型から探究・創造型の教育へと移行しているという。
例えば、プログラミング教育。令和2年に小学校で必修化されたばかりの日本をよそに、英語圏や中国語圏の教育現場は大きく先行。若者たちはインターネット上で無償公開されているツールを使ったデジタルアートやゲーム作品などを発表し、交流も盛んという。中島さんは「プログラミングは新しい表現方法で、本当に面白い。絵を描いたり、本を読んだりする楽しみと同じように、子供から大人までみんなに表現する喜びを知ってほしい」と目を輝かせる。
遊びながら深掘り
子供の頃から、疑問に感じたことを遊びながら深掘りしていくタイプだった。音楽や数学、哲学など多分野に興味を持って学ぶ姿勢は「母譲り」。ロシア文学や哲学の本を読み、学びへの興味が尽きない母の姿に「学ぶことで本質を知る楽しみを自然と教わった」。稀有(けう)な才能の根底には、旺盛な好奇心がある。
興味の赴くまま学びを深めた中島さんが、中学時代に夢中になったのが数学だった。公式を覚え、答えを出すのは好きになれなかったが、あるとき「数学者は公式をどうやって発見したんだろう。発見の喜びを追体験してみたい」と思い立った。公式集を手に取り、数ある証明に片っ端から挑戦。数学雑誌の難問にも立ち向かい、「回り道しながら試行錯誤して、自分で答えを探し出す探究の喜びに出合った」と振り返る。
数学の国際大会で金メダル
高校2年のとき、国際数学オリンピックで日本女子初の金メダリストに輝いた。この大会で心に深く刻み込まれたのは、世界の多様性だった。開催地のインドには80を超える国・地域から学生が集まった一方、街では同世代とおぼしきストリート・チルドレンに出会った。「日本と違う文化で生きてきた人たちとの出会いは、自分の価値観を変え、世界を広げてくれた」
STEAMの講座は国籍や年齢、性別、障害の有無を越えて、あらゆる人を受け入れている。多様性の価値に気付いたのは、異国での原体験が大きい。2025年大阪・関西万博を機に、STEAM教育には学校の教員だけでなく産官学民のさまざまな人を巻き込むつもりだ。
「誰もが自己表現し、多様な人々が互いを受け入れ高め合う社会に」。視線の先にはそんな未来が広がっている。(社会部 石川有紀)
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なかじま・さちこ ジャズピアニスト、数学者。昭和54年、大阪府茨木市生まれ。幼少時からピアノや作曲に親しみ、中学時代には数学に没頭。神奈川・フェリス女学院高校2年のとき、国際数学オリンピックで日本人女子として初の金メダルを獲得した。東大理学部数学科を卒業後、ジャズの道へ。平成29年、科学、技術、工学、芸術、数学をかけ合わせたSTEAM教育のプログラムを開発する会社「steAm」を設立した。