味は二の次…今は昔 進化した災害食、コロナ禍で需要増 阪神大震災27年

生活雑貨店の防災用品コーナーに並ぶ災害食。コロナ禍で家庭での需要も高まっている=1月12日午後、大阪市阿倍野区の東急ハンズあべのキューズモール店(須谷友郁撮影)
生活雑貨店の防災用品コーナーに並ぶ災害食。コロナ禍で家庭での需要も高まっている=1月12日午後、大阪市阿倍野区の東急ハンズあべのキューズモール店(須谷友郁撮影)

真冬の早朝を襲った突然の揺れ。命からがら逃げ込んだ避難所で口にできたのは堅くて冷たい非常食だった。味は二の次、備蓄も十分でなかった反省から始まったのが「災害食」の研究だ。栄養や味の改良が重ねられた多彩な食品は新型コロナウイルス禍の今、巣ごもり生活や自宅療養をする人々を支えている。

「たとえ災害時でも、食べ物がないのは一番いけない」。甲南女子大学の奥田和子名誉教授が災害食の研究に取り組むようになったのは、27年前の震災がきっかけだった。

当時、発酵食品を研究していた奥田さんは、発生3カ月後から神戸市などの避難所で被災者から聞き取り調査を実施。被災直後の食事は乾パンが中心で、「堅くて食べられず、水でふやかして食べた」などと漏らす高齢者らの声を聞いた。

栄養不足から体調を崩す人も続出し、避難所では風邪が流行。消防士や市職員らが飲まず食わずで奮闘する姿を目の当たりにし、憤りすら覚えた。

火や水なしでも

災害時の食料についての研究は事実上、手つかずで「自治体の備蓄も申し訳程度。変えないといけないと強く思った」。全国各地の備蓄や災害時における炊き出しの準備状況などを調査し、改善点を指摘。メーカーにも原材料や容器などについて助言を続けてきた。

「肉体的にも精神的にも疲弊した被災者が、おいしくないものを食べる気にはならない」と保存期間や栄養のみならず味も重視。メーカー側も試行錯誤を繰り返し、火や水がなくても食べられるカレーやリゾットなどさまざまな食品を開発した。

震災当時、非常食を備蓄していなかった神戸市は現在、災害発生時に20万人が避難すると想定。個人で確保している分も合わせ、1日2食を3日間取れるよう避難所となる小中学校などにリゾットやクッキーといった食料を備蓄し、発生後に速やかに調達できる協定を事業者と結んでいる。

コロナ禍で家庭でも災害食の需要が高まり、売り上げがコロナ前の約30倍に伸びたものもある。「おいしく便利なものが増え、広く受け入れられるようになった」と奥田さん。「災害食が日常に浸透し備蓄する家庭が増えれば、いざというときに役に立つ」と備えの重要性を訴えている。

「災害に強い国に」

震災で避難者を支えたアウトドア用品も、コロナ禍でニーズが高まっている。

震災発生後、大手メーカー「モンベル」(大阪市)は神戸市灘区の店舗を開放し、一時避難を余儀なくされた人たちに寝袋やテントなどを配布。慣れない野外生活に戸惑う被災者には使い方を伝えた。

アウトドア用品が災害時に威力を発揮すると実感したことから、同社は関連企業や団体に協力を求め、社員有志らと「アウトドア義援隊」を結成。以降も大きな災害が起きるたびに結成され、一般の愛好家らも加わって被災者の支援にあたってきた。コロナの感染拡大が本格化すると、寝袋カバーに使われる不織布の生地で防護服を製作。フェースシールドなどとともに各地の医療機関に提供した。

阪神大震災後の神戸市内の公園。避難していた被災者にテントや日よけのタープが提供された=同市(モンベル提供)
阪神大震災後の神戸市内の公園。避難していた被災者にテントや日よけのタープが提供された=同市(モンベル提供)

〝3密〟を避けられるレジャーとして人気が高まり、巣ごもり生活のストレス解消にも一役買ったアウトドア。阪神大震災や23年の東日本大震災の被災地に駆けつけた同社広報部の佐藤和志部長は、アウトドアの一層の広がりに期待を寄せる。

「日ごろからライフラインのない生活に親しんでもらうことが、災害に強い国につながるのではないか」(福井亜加梨)

阪神大震災の発生から17日で27年。当時、戦後の自然災害で最多の犠牲者を出した震災は多くの教訓を残した。その中には、未曾有のウイルス禍に見舞われている今こそ求められているものがある。当時を知る人たちの取り組みから「あの日の教え」を学ぶ。