ロンドンの甃

香港市民の苦悩

先週末、香港からロンドンに2020年夏に移住した男性と夕食を共にする機会があった。

「やっと食事をうまく感じるようになった。生活に余裕ができたからかな…」

男性はそうつぶやいて笑顔を見せた。英国に来た頃は仕事もなく、貯金を切り崩して生活し、1日1食で我慢する日もあったそうだ。つらい生活の中でメンタル不全も起こした。

男性は20年6月末に施行された香港国家安全維持法(国安法)で言論の自由が奪われる状況に絶望し、香港を飛び出した。だが、英国に住み始めた当初は「故郷を失い、地獄のような日々だった」と振り返る。

今は定職に就き、離れ離れだった恋人を香港から呼ぶこともできた。英国に来てから減った体重も最近、香港にいた頃の水準に戻ってきたという。

英国が香港市民の英国永住権取得に道を開く特別査証(ビザ)の申請の受け付けを昨年1月末に開始してからもうじき1年がたつ。ロンドンで香港出身者を目にする機会が増え、数人の友人もできた。私が出会った人々は、率先して移民を受け入れた英国に心から感謝している。ただ、彼らの口からいつも最初に語られるのは、「中国共産党政権が統制する香港の現状」よりも「英国で待っていた厳しい暮らし」だ。故郷を捨てた彼らの苦悩は今も深い。(板東和正)