石仏は語る

詳細な表現 生身のぬくもり 盛源寺石仏群

盛源寺石仏群
盛源寺石仏群

集落の山裾にある盛源寺は寂れた谷筋にあり、荒れたお堂です。その参道や境内には数百体もの石仏が残っており、捨てられたかのように並んだ石仏とその景観は、一乗谷の往時をしのばせています。盛源寺は天台宗真盛派に属し、不断念仏で知られた真盛上人の浄土信仰が背景になっており、明応元(1492)年に創建されました。

盛源寺の奥まったお堂の横には、ひときわ立派な厚肉彫りに刻み出された地蔵菩薩立像があります。総高約270センチ、「施主道然妙圓衆生菩提/天文六丁酉(1537)稔六月」の紀年銘が記され、太い幅広な月輪(がちりん)を持つ頭光背が刻まれ、さらに舟形光背には左右六個の月輪と飛雲紋を陽刻し、六地蔵の種子を刻みだしています。頭光内上部の月輪内には阿弥陀如来の種子「キリーク」が刻まれ、重厚な衲衣(のうえ、僧衣)紋、写実性に富んだ精細な表現で生身のぬくもりが伝わってきそうです。眉間には大きな白毫(びゃくごう)の穴があり、はっきりとした三道、右手錫杖(しゃくじょう)、左手に立派な宝珠を持っておられます。室町時代後期の造作です。

そばに立っている不動明王立像は「盛□童□□□禅門妙西禅尼六親眷属弘治二(1556)年丙辰年」の紀年銘を持ち、高さ約220センチ、火焔(かえん)光背は上部を欠損しています。丸彫りに近い厚肉彫りで憤怒(ふんぬ)相ですが、鼻先の傷みで少し顔容が崩れて、温和な面相に近づきやすい姿に見えます。条帛(じょうはく)紋がはっきりとし、右手に降魔の剣を持ち、左手に羂索(けんざく)を持たれ、岩座を踏みしめられています。向かって右には阿弥陀如来二体と毘沙門天立像が立っています。いずれも厚肉彫りの精緻な表現の石仏が多く、この時代の石仏としては際だっています。

また、境内には石造層塔があり、凝灰岩製です。笠部の屋根には逓減の違和感があり、もとはこの間に何層かあった九層の層塔であることが考えられます。(地域歴史民俗考古研究所所長 辻尾榮市)