チーム学校~取材の現場から

声なき声に耳を澄ませ

子供たちの抱える困難が複雑さを増し、文部科学省は教員と教員以外の専門職が連携して学校を中心に、一つの「チーム」としてサポートするよう求めています。産経新聞は各専門職の現場を取材し、昨年8~12月、連載企画「チーム学校」を掲載しました。担当記者が、思いや提言をつづります。

見えているのは氷山の一角

「私には繊細な生徒には見えない」

近畿の公立高校で取材中、男性教諭が養護教諭に対してこう言い放った。

その生徒はある教科の授業への出席を渋っており、対応が話し合われていた。保護者は「繊細な子供のため、新しい環境への適応が難しい」と配慮を求めている。だが、担任である男性教諭は「特定の授業だけを拒むのは、生徒の単なるわがままだ」と捉えている節があった。

学校としては、理由のない欠席は認められない。養護教諭は担任に対し生徒本人との話し合いを提案していたが、反応は芳しくなかった。養護教諭は後に「あれが本音でしょうが、あまりに一面的な見方です」とつぶやいた。教員と専門職との連携の必要性と、その難しさを痛感した。

子供たちを取り巻く環境は複雑化の一途をたどっている。生活保護が必要な世帯の子供は令和2年に全国で約10万人、市町村の判断で学用品や通学費などの補助を受ける「準要保護児童生徒」は約120万人に上る。経済的な問題だけでなく、アレルギーや発達障害、いじめ、虐待などのさまざまな事情が複雑に絡み合う。

子供の表現方法は、一様ではない。思いを率直に口にできる子供もいれば、腹痛や頭痛などの身体症状として表れることもある。人に弱みを見せまいとしたり、本人に自覚が乏しかったりするケースでは、周囲の大人が支援の必要性を認識すること自体が難しい。だからこそ、そんな子供の発見には、多角的な視点で声なき声に耳を澄ますことが必要だ。「もはや学校だけでは対処できない」と打ち明けた校長もいた。

ある学校医は、「見えているのは氷山の一角」と自らに言い聞かせるように話した。中学校での健康相談に訪れて夜間の失禁などを訴えた女子生徒の家庭は貧しく、兄からの暴力もあった。「私の人生、いいことなんて何もない。これからもずっとない」とつぶやいた。学校は児童相談所などと連携して支援し、高校進学にこぎつけたが、1カ月で退学。「人間関係がうまくいかなかった」と本人は説明したが、実際は母親が奨学金をパチンコで使い込んだことが原因だった。

学校は、子供が社会で生き抜く力を身に付けるための場所だ。問題を乗り越える方法を、最後には子供自身が見つけ出す必要があるが、それまでにくじけないよう伴走し、卒業後の支援にもつなげる。教員とさまざまな専門職が連携し、学校を起点にサポートする「チーム学校」には、そんな役割を担ってほしい。

教室で見せる姿が子供のすべてではない。さまざまな情報を共有し、あらゆる意見や可能性を排除せずに耳を傾ける姿勢が学校現場に求められている。そうでなければ、子供はSOSを発することなどできない。(地主明世)

■チーム学校~支援の現場から