富国強兵、戦後復興…近代化支えた鉄道150年

東京・新橋で行われた鉄道開業式。右奥には当時の新橋駅が見える=明治5年9月12日(宮内公文書館所蔵)
東京・新橋で行われた鉄道開業式。右奥には当時の新橋駅が見える=明治5年9月12日(宮内公文書館所蔵)

日本で初めての鉄道が開通してから今年で150年を迎える。明治初頭に導入された鉄道は、西欧列強に追いつこうと「富国強兵」を目指していた日本の近代化に大きく貢献。その後も日本人の生活と経済を支え続けてきた。明治、大正、昭和、平成、そして令和と5つの時代を歩んできた鉄道の歴史を振り返る。

経済活性化促す

明治5年9月12日(旧歴。西暦では10月14日)。心地よい秋晴れの下、紅白のちょうちんと万国旗で華やかに彩られた新橋駅から、1本の列車が轟音(ごうおん)を響かせながら走り始めた。沿線には大勢の見物客が詰めかけ、駅や車内では洋装の鉄道員がせわしなく動き回る。この日、日本初の鉄道が新橋―横浜駅間で本開業した。

車両には明治天皇のほか、西郷隆盛や渋沢栄一ら当時の政府高官と各国大使が乗り込んでいた。横浜駅で行われた開業式で、明治天皇は聴衆を前に「此盛業(せいぎょう)を百事維新の初に起し此鴻利(こうり)を万民永享(えいきょう)の後に恵んとす」と語ったとされる。

明治5年ごろに制作された鉄道の錦絵。開業当時、用地の都合がつかず、新橋―横浜駅間の一部は海上を走っていた(東京都港区立郷土歴史館所蔵)
明治5年ごろに制作された鉄道の錦絵。開業当時、用地の都合がつかず、新橋―横浜駅間の一部は海上を走っていた(東京都港区立郷土歴史館所蔵)

「鉄道の登場が日本社会に与えた影響は計り知れない」。鉄道評論家の至道薫(しどう・かおる)さん(58)は、こう指摘する。

それまでの主な交通手段だった徒歩だと、東京から京都まで約2週間かかったが、鉄道なら即日でたどり着いた。大量の貨物も生産地から消費地に短時間で運べるようになり、産業の発展を促した。至道さんは「人々が自由に遠方まで旅をできるようになり、経済も活性化した。鉄道は日本の近代化のエンジン役を担ったといえる」と話す。

新橋―横浜駅間の開通を皮切りに全国各地で鉄道路線の敷設が進んでいき、明治末期にはほぼ全ての幹線網の完成を見る。

東京駅が開業したのは大正3年のこと。赤レンガ造りが特徴的な丸の内駅舎は平成24年に創建当初の姿に復元されている。

戦後の復興支え

先の大戦では、戦災で機関車14・4%、客車19・1%、電車25・1%、車両工場55%という甚大な被害を受けたが、「国民の動脈といわれている国鉄は、一瞬たりとも休止することを許されなかった」(国有鉄道実相報告書)。昭和23年には鉄道の輸送業務を「超重点政策」に指定することが閣議で決まり、優先的に資材が供給されるようになると混乱から徐々に回復。戦後日本の復興の足元を支えていくことになる。

その後、高度経済成長で輸送需要が高まると、昭和39年に世界初の高速鉄道、東海道新幹線が開業。時速210キロをたたき出し、日本の技術力の高さを世界に印象付けた。その後も新幹線は山陽、東北、上越、山形、秋田、北陸、九州、北海道と各地で開業。鉄道ライターの杉山淳一さん(54)は「新幹線開業による産業、地域の振興という地方の期待を背景に整備が進んでいき、日本の動脈としての地位を確立していった」と説明する。