遺伝子操作したクラゲから、動物の「脳」の進化の謎が見えてくる

「クリティアがブラインシュリンプを触手で掴むと、触手のいちばん近くにある“ピザのスライス”の内部のニューロンが最初に活性化し、続いて傘の部分が内側に折り畳まれ、シュリンプを口に運びます」と、研究室長のデイビッド・アンダーソンは記者会見で説明している。

これはクリティアの遠縁のクラゲの神経系と似ている。あるクラゲは、口に食べ物を運ぶために周縁から中央へとインパルスを運ぶ神経路をもっており、人間の脊髄が手足から脳へメッセージを伝達する方法にやや似ている。

「クラゲはどれも同じ体制なので、同じ問題を抱えています」と、ブリストル大学特別研究員でクラゲの電気生理学が専門のロバート・ミーチは言う。「2種類の神経回路が同じ問題に対する異なる解決策をもたらしていることがわかります」

脳の進化の課程が見えてくる

このような隠されたネットワークの解明は、まだ始まったばかりである。今後の研究でほかのクラゲの行動を調べたり、クラゲの神経系全体を精密に示そうとする試みがされたりすることだろう。

また、クラゲの研究によって、脳の歴史的な進化の理解も深まるはずだ。遠縁の生物に共通する特徴を探すことで、そうした生物が進化した時期を詳細に示すことができる。

「哺乳類については、かなりのことがわかっています。しかし、刺胞動物のような初期に出現した動物については、あまりわかっていません」と、フライブルク大学教授で神経生物学が専門のジーモン・シュプレヒャーは言う。「こうした動物の研究を始めることは、とても重要なのです」

刺胞動物は進化の歴史のなかで、人間と同じようなニューロンをもつ最初の生物に属する。長い時間をかけて分散型の神経網はニューロンのクラスターへと進化し、やがて初期の魚類のような脊椎動物では神経細胞が1カ所に集中し、そのなかの特定の領域で異なる働きをするようになった。脳の誕生である。

今回の研究によって、ほかの形態の思考がどのように構成されるのか、垣間見ることもできる。「神経系や行動にはいかなる選択肢があるのかという問題を理解できます」と、ワイズボードは語る。

新たな研究プラットフォーム

クラゲの脳を理解することは難しい。クラゲのポリプや胞子のライフサイクルは人間の場合とはまったく異なり、ポリプや胞子の風変わりな配列をもつ感覚器官は人間の感覚器官とは似ても似つかない。

それにクリティアは、平衡胞という特別な平衡器官をもっている。ほかのクラゲの種は、周辺水域における光や化学変化を検知するロパリアという感覚器官をもっている。

研究チームは、人間の感情の状態に似ていると考えられるものを観察している。例えば、クリティアは産卵時に独特な行動を示し、空腹時にはより早く摂食する。「しかし、クリティアの神経系は人間とはまったく異なるかもしれません」と、ワイズボードは言う。

遺伝子操作したクラゲは、特筆に値する新たな研究プラットフォームだとシュプレヒャーは言う。今後の研究によってクラゲのみならず、クラゲより複雑な種についてもモジュラー型の神経系に関する理解が深まるだろう。

このような種は古代からの生物だが、こうした生物がどのように世界を見ているのか、また哺乳類と同じように「見る」と考えることに果たして意味があるのか、わたしたちはほとんどわかっていない。その答えは、文字通りクラゲの内部をじっと見ることで得られるかもしれない。

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