書評

『現代生活独習ノート』津村記久子著(講談社・1815円)日常生活のささやかな冒険

津村記久子の小説は、市井の人が日々感じているしんどさを言語化して、新しい景色を見せてくれる。最新刊『現代生活独習ノート』もそうだ。全8編の収録作には、日常生活における一見ささやかだけれど冒険的な選択が描かれている。

例えば「リフレッシュ休暇をもらったが、もはや私にはリフレッシュする気力自体が残っていなかったのだった」という一文で始まる「レコーダー定置網漁」。語り手の「私」は仕事で入社希望の学生のSNSをチェックしていた。せっかくのリフレッシュ休暇なのに気力を失ったのは、学生たちがSNSで共有する膨大な量の情報に触れ、その情報の有用性を判断することに疲れ果てたからだ。「私」は楽しみにしていたドラマの代わりに偶然レコーダーに録画されていた番組を見ていく。

外食すらめんどくさいときにフライパンで簡単に作れる焼き鳥を教える料理コーナー、阪神タイガースのファンになることをすすめる人生相談、「くつしたの毛玉取り」が回答になるクイズ…。たまたまとれた番組を視聴しているだけなのに、「私」は少しずつ気力を取り戻す。人々がこぞって自分の判断をアピールする社会において、適当な暮らしを選ぶことによって救われるくだりが痛快だ。

求めてもいない情報が入ってきて判断を強いられるストレスは「粗食インスタグラム」にも描かれている。できるかぎり荷物は軽く、シンプルに生きたい。しかし「台所の停戦」のように食べきれないものが冷蔵庫にぎっしり詰め込まれていたり、「牢名主」のように厄介な人間関係にとらわれることもある。どうすればいいのか。それぞれの話の登場人物がたどりついた答えに新鮮な発見がある。

仕事小説の名手である著者らしく、本書の主人公のほとんどは働く大人だが、最後の「イン・ザ・シティ」だけは中学生の話。オタクのキヨと運動部のアサが、デジタルのブロックを採取して家などを作って遊ぶ「マインクラフト」というゲームをきっかけに結びつく。親に傷つけられている少女たちが、言葉を用いて架空の都市を作り上げていくところがいい。現実から逃避するのではなく、地に足をつけたまま自由になっている。

評・石井千湖(書評家)