直球&曲球

葛城奈海 世直しは余(自分)直し 年の初めにあたり

日航のチャーター機から見えた初日の出と富士山=1日午前7時ごろ
日航のチャーター機から見えた初日の出と富士山=1日午前7時ごろ

令和4年を迎えた。コロナ禍に見舞われて3年目の今年は、どんな年になるのだろうか。いや、どんな年になるかと他律的な想像をめぐらすよりも、主体的にどのような年にすべきかを考えることが肝要だろう。

昨年末、伊勢神宮の月次祭(つきなみさい)にあわせ、公益財団法人修養団の伊勢青少年研修センターで「神話を体感する会」(神谷宗幣代表)が開催された。私も外部講師のひとりとして参加したが、むしろ私自身が大いに刺激を受け、心が洗われた2日間であった。同会では、全国から伊勢に集結した老若男女が、115年の歴史を持つ社会教育団体・修養団の講師陣に導かれ、まず「礼法・作法」を学び、参加者同士が触れ合いながら童心に返る「童心行」、日没後の五十鈴川に肩までつかる「水行」、心を静めて自分と向き合う「静座行」などを行った。

中でも印象深かったのは、修養団講師のひとり、寺岡賢氏の「世直しは余(自分)直しである」「苦を喜ぼう」「すべてを感謝し、常に喜び、絶えず祈る」という言葉だ。

日ごろ、世の中を良くしたければ、人を責める前にまず自分が何をなすべきか考え行動すべきだと考えている私としては、意を強くする言葉でもあった。また、「祈る」とはすなわち「世のため人のために祈る」こと。根っこにある感謝の思いが深ければ深いほど、その祈りも強いものになるに違いない。

折しも、帰京した直後に、ある会社の企業理念発表会に立ち会った。31歳という若さの社長は、自分のために生きていた当初はうまくいかなかったが、顧客や仲間、家族の永続的な幸せを祈るようになったら、会社の業績も好循環しだしたという。会社のモットーである「謙虚・感謝・思いやり」が、見事に社員に浸透しているさまにも感銘を受けた。まさに前述の「世直しは余直し」に通じるものだ。

今年は寅年でも60年に1度の「壬寅(みずのえとら)」にあたる。「壬」とは、ゆったりと蛇行しながら流れる大河を、「寅」は「決断」を表すという。人も国も、軽重を見誤らないよう落ち着いて物事をとらえ、「肚(はら)を据えて決断する年」にしようではないか。

【プロフィル】葛城奈海

かつらぎ・なみ やおよろずの森代表、防人と歩む会会長、ジャーナリスト、俳優。昭和45年、東京都出身。東京大農学部卒。自然環境問題・安全保障問題に取り組む。予備役ブルーリボンの会幹事長。近著に『戦うことは「悪」ですか』(扶桑社)。