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和歌山県・広川町 歴史と文化の情報発信① 千葉県銚子市と「はね太鼓」で交流

約400年前、日本でも有数の漁業の先進地だった和歌山県広川町。先人が残した東西の漁業ネットワークを生かした地域間交流を育んでいる。

広川町は和歌山県のほぼ中心に位置し、山、川、海と、豊かな自然に恵まれている。江戸時代初期には当時最先端の漁法を携え、カツオやイワシの豊富な漁場を求めて東へ西へと船団を派遣していた。

東に向かった人々が定着したのが千葉県の銚子半島。豪商の一人、﨑山治郎右衛門が半島南部の外川に港と町を築いた。当時の銚子は、イワシから作る肥料、干鰯(ほしか)を江戸に出荷する流通の拠点として発展し、全国有数の漁業のまちとしての礎を築いた。

漁業だけでなく、現在の主力産業、醬油(しょうゆ)醸造も浜口吉右衛門、浜口儀兵衛ら醬油の蔵元が伝えたものだ。紀州出身者の子孫で組織される親睦団体「木国会」は定期的に広川町を訪れ、交流を続けている。

江戸時代末期に考案された銚子市の無形民俗文化財、銚子はね太鼓を通じた交流にも注目が集まっている。「紀の国わかやま文化祭」の広川町会場で、昨年11月6日から2日間にわたって開催された「広川町の文化・歴史を探る」では、映像で銚子はね太鼓保存会の勇壮なパフォーマンスが披露された。

同保存会の宮崎義政会長は「今後、はね太鼓の体験などを通じて、広川町と交流を深めていきたい」と意欲を示している。

(取材協力 和歌山県広川町)