美村里江のミゴコロ

あのうどん

明けましておめでとうございます。皆さま、快いお正月を過ごせましたでしょうか。来年こそ、マスクもなく、初詣の人混みが許容される状況になると良いなと願います。

初詣のとき、よく食べたうどんがある。埼玉・深谷から少し離れた神社へ行っていたのだが、恐らく自治会の方が出していたもの。テントに折り畳みの長テーブルを並べ、甘酒50円、うどんは100円だった。

半玉くらいのうどんに、揚げ玉とネギだけ。別にだしが深いわけでもなく、コシのある麺でもないし、揚げ玉も市販品(土地柄ネギだけはおいしかったが)。自宅で作る適当なうどんと大差ない質だった。

しかし、これが毎年食べる度に妙に良いのだ。単純なおいしさではない、これはどういう好感なんだろうと不思議に思っていた。

それがひもとけた。映画「落語娘」で大変お世話になった柳家喬太郎師匠。撮影を終えた後も、私の心の師匠である。師匠は古典も新作も演(や)られるが、やる気なさげに始まる「まくら」が好きで、いくつか大のお気に入りがある。

その一つが「時そば」のまくら「コロッケそば」である。

駅の立食いそばのコロッケそばについて話すのだが…。「鰹だしじゃない匂い」「悪い揚げ油」で「ベチャ」っとしている。コロッケは「安い冷凍」「中は白くて芋じゃなくて粉ですよ」と繰り返し微妙な顔。人間の天邪鬼(あまのじゃく)な部分に直撃。大笑いした後、必ず近所のスーパーでコロッケを買ってしまう。

立食そばは、移動の最中に漫然と食べることが多いと思う。繰り返し聞いていて思ったのだが、初詣のうどんも、似たポジションではないだろうか。

ごちそう続きの元日。遅かったり早かったりの決まっていない適当な時間。空腹だったり、そうでもなかったりの中途半端な腹具合。確実なのは寒さくらいである。

そこに発泡スチロールカップで供される、気取りのない少なめの温かいうどん。何もかもぼんやりとちょうど良く、そういうおいしさもあるのだと実感した。そして無性に食べたい今である。

ちなみに喬太郎師匠のまくらは、「揚げられて待機しているコロッケたちの擬人化」部分が最高にかわいくおかしいので、お時間があれば動画を探してみてください。