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「きれいごと」教育からの脱却 論説副委員長沢辺隆雄

教育再生実行会議に臨む安倍晋三首相(当時)=首相官邸(酒巻俊介撮影)
教育再生実行会議に臨む安倍晋三首相(当時)=首相官邸(酒巻俊介撮影)

評論家の西尾幹二氏の全集(国書刊行会)がおもしろい。10年前に全22巻の予定で刊行が始まり、最終盤となっている。年末に出たばかりの「第21巻A」を時間を忘れ拝読した。

この巻のサブタイトルは「現代日本の政治と政治家」で、21世紀冒頭の20年間の政治を大きなテーマとしているが、ここでは教育問題についての歯に衣(きぬ)を着せぬ西尾氏の筆致を改めて紹介したい。

「道徳ははたして教育になじまない?」は、月刊「Voice」(平成19年7月号)の「教育再生会議無用論」を改題した論考だ。安倍晋三政権時代、政府の教育再生会議で「親学」の提唱が、取り下げられた問題などを題材に現代の教育の課題を論じている。

「親学」は若い親たちに、子育ての知識や楽しさ、家庭教育の重要性を自覚してもらおうと、教育再生会議が緊急提言を検討した。だが「早寝早起き朝ご飯の励行」「子守歌をきかせつつ母乳で育てる」といった内容に反発が出て見送られた。西尾氏は「こんなことで臆病がっているようではだめ」とくぎを刺した。

また教育学が「死」という観点を排除するなど「教育の世界がきれいごとを追い、危うい言葉から逃げ」ているとし、「衛生無害な近代教育」の弊害を論じている。

いじめ問題では「人をイジメるのは楽しいのです。人がイジメられるのを見るのはもっと楽しいのです。その快楽から逃れる者はいないから、子供にそれを止めさせようとするのは、大人に飲酒や賭け事を止めさせるよりもっと難しいといっていいでしょう」とも指摘。教育再生会議は「腰が引け、すべてをオブラート」にくるんで「教育を扱いながら人間の深(しん)淵(えん)を覗(のぞ)きこんでいない」と厳しい。

さらに「一般に教育改革というのはなぜ人を白けさせるのか。…良いことずくめのきれいごとの作文だとみんな思っているからです」との指摘は、「改革推進を」などと書くことの多い、教育問題の担当としても耳が痛い。

「親学」問題から10年以上たつが、「こども庁」が「こども家庭庁」となったことに、「子供目線の政策が後退しないか」などといった異論が相変わらずある。

教育再生会議は、教育再生実行会議と名を変え、岸田文雄政権では後継として「教育未来創造会議」が発足した。反発を恐れず、物議を醸す議論を期待したい。