ビブリオエッセー

70年前の傍線が教えてくれた 「読書論」小泉信三(岩波新書)

本書を読んだのは第一刷が発行された昭和25年。当時、東京の高等師範三年で専攻が生物学だったこともあり、八杉龍一の『進化と創造』『ダーウィンの生涯』(いずれも岩波新書)と併読したことを記憶している。

第一章「何を読むべきか」では良書の精読を勧めている。「人生は短く、書籍は多い」のだから、やはり古典や大著だという。著者は自身の読書遍歴を語り、傍線や欄外の書き入れ、覚え書きの必要性を説く。70年前の私も気になった箇所に赤鉛筆でいくつも傍線を引いていた。たとえば第六章「読書と観察」。

「私は、書籍に囚われるなということを言いたい」「読書は大切であるが、それと共に自分の目で見、自分の頭で考える観察思考の力を養うことが更に大切である」。つまり「知識をただ書籍にのみ求め、或いは自分で考えずに、著者に代って考えて貰うことの易きに就く習性が、とかく養われ勝ちである」から「読書人たるものの警戒を要するはここである」と。私は胸に刻むべき一節だと思い、赤線を引いた。今も読書の心を教えてくれる言葉だ。

著者は第七章「読書と思索」でもショーペンハウアーの読書論に言及しながら繰り返している。「人は読書によって思索を刺激される」のだから「読書の後に、もしくは読書と読書との間に、必ず読んだことについて考える習性を養うことの最も肝要なるを切言したい」と強調している。私の傍線はそこにもあった。

古い本を手にすると昔のことが脳裏に浮かぶ。旧制中学のときから寺田寅彦の随筆に惹かれ、全集の新しい巻が出るたび神田まで買いに行ったことも懐かしい思い出である。

この読書論は著者の豊かな体験に基づく古びない名著だ。ぜひ今の青年たちに薦めたい。

大阪府茨木市 浅野素雄(91)

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