18歳の地図

(3)消費者教育 契約トラブル 誰のせい

広々とした階段教室に座った50人ほどの生徒たちを眺め、教諭の一人はその表情を曇らせた。

「まだ、ピンとこないんだろうな…」

昨年12月、神奈川県内の公立高。4月に成人年齢が18歳に引き下げられるのを見据え、3年生を集めて金融トラブルについて教える出前授業が行われていた。

「ここまでで質問はありますか?」。講師が問いかけても反応は薄い。メモを取っている生徒は数えるほどしかいない。退屈そうにスマートフォンをのぞき込んだり、隣の席の生徒との会話に気を取られたり。授業の始めから寝ている生徒もおり、その大半が関心のなさを態度で示していた。

それでも、数カ月後には、ここにいる全員がいや応なく「成人」となる。

講師を務めた消費者金融会社の担当者は苦心を明かす。「若い世代に、どうやって当事者意識を持ってもらえばいいのか…」

民法の規定で未成年者が親権者の同意なく結んだ契約は原則として解消可能だ。しかし、成人すればそんな保護はなくなる。ひとたび結んだ契約は容易には取り消せなくなる。

だからこそ、知識が必要なのだ。例えば、ピザのデリバリーを頼んだ場合、売買の契約が成立するのは、どのタイミングか。電話での注文を店側が了承したときか。あるいは、ピザが届いて代金を支払ったときか。それとも、食べたときなのか。

正解は「店側が了承したとき」。だが、「代金を支払ったとき」と迷いはしなかっただろうか。ピザならまだしも、それが大金を費やす買い物だったら―。

「クリニックで60万円の全身脱毛コースの契約を結んでしまった。思い直して解約を申し出たが、応じてもらえない」(20代男性)

全国の消費生活センターには、若者たちからトラブルに関する相談が絶えない。令和2年度に寄せられた相談は18、19歳の4820件に対し、20~24歳は1・6倍の7741件に跳ね上がる。現在でも成人して間もない20代前半で急増する傾向にあるのだ。

国民生活センターの担当者はいう。「成人年齢の引き下げで、若年層のトラブルが底上げされることになりはしないか」

消費者被害のみならず、犯罪に加担しかねない危うさもはらんでいる。

警察当局は特殊詐欺グループの魔の手にからめとられないかと危惧する。18、19歳に金銭を支払って銀行口座の開設や携帯電話の契約を持ちかけ、犯罪に悪用するような事態だ。実際に犯罪に使われれば、提供した若者たちも犯罪収益移転防止法違反などの容疑で逮捕される可能性もある。

大阪府警の幹部は「犯罪に関わっているという認識もないまま、若者が巻き込まれることが増えるかもしれない」と語る。

昨年12月、都内の投資スクール「グローバルファイナンシャルスクール」がオンラインで開講した金融教育の勉強会には、家庭科教員たちの姿があった。

「海外での授業の実例を聞きたい」

「消費者問題を相談できる情報サイトはあるか」

参加者は貪欲に情報を求めた。高校の授業がまもなく大きな変化を求められることになるからだ。

4月から高校で実施される新学習指導要領の解説には、株式や債券、投資信託などの文字が並ぶ。資産形成などについての指導が必修化されるが、専門性の高さゆえに教員を悩ませる。

消費者金融会社による高校での出前授業。社会に出れば必須の知識だが、生徒の関心は薄かった=令和3年12月、神奈川県(寺河内美奈撮影)
消費者金融会社による高校での出前授業。社会に出れば必須の知識だが、生徒の関心は薄かった=令和3年12月、神奈川県(寺河内美奈撮影)

埼玉県内の私立高で教壇に立つ20代の女性教員は焦りをうかがわせた。授業で年金について触れても生徒は「まだ先だから」と反応が薄い。どう教えればいいのか。「まずは自分が十分に理解していなければ」

成人する子供たちは「大人」になるために、学ばなければならない。そして、その教育は大人たちに課せられた使命でもある。

「責任をもって消費行動をとれる大人へと育てるためにも、教員が意欲的に学べる環境の整備が必要だ」

消費者教育などに詳しい名古屋経済大准教授の高橋勝也(52)はこう指摘する。いまや、悠長に構えてはいられない状況に立たされている。

タイムリミットは近い。(敬称略)