営業70年 昭和の色街「かんなみ新地」消滅の舞台裏

警告書から約1カ月経ったかんなみ新地=令和3年12月13日午後、兵庫県尼崎市
警告書から約1カ月経ったかんなみ新地=令和3年12月13日午後、兵庫県尼崎市

飾らない活気で「アマ」の愛称で親しまれる兵庫県尼崎市。中でも阪神尼崎駅前から出屋敷駅まで続く商店街には青果店や創業50年を超える純喫茶があり、老若男女多くの買い物客でにぎわっている。その商店街のすぐ近くに、関西では知られた歓楽街「かんなみ新地」はあった。この地に衝撃が走ったのは昨年11月。兵庫県警尼崎南署と同市が連名で、性風俗営業の中止を求める警告書を出したのだ。飲食店名目で風俗営業をしていたとされる約30店舗は自主閉店し、かんなみ新地は約70年の歴史に幕を閉じた。

警告、そして解散

2~3階建ての木造建築が並び、壁に取り付けられた大量の室外機が目を引く。警戒する兵庫県警のパトカーの赤色灯とハザードランプが異様な雰囲気を醸し出している。

«飲食店舗の形態をとりながら、実態はその店舗で働く女性が、専ら性的サービスを提供することを目的としている性風俗店であるとの情報を得ています。(中略)上記違法な営業をしているのであれば、直ちに中止するよう警告いたします»

県警と市は昨年11月1日、「通称『かんなみ新地』において飲食店営業に従事する方へ」とする警告書を、約30店舗が加盟していた同新地組合に手渡した。

「警察は見て見ぬふりしてくれてたんやけどね。最近は派手になりすぎてた。あくまで飲食店の建前を守らなあかんのに」

この地で同年11月にバーをオープンした女性はこう話す。女性は25年ほど前にかんなみ新地で働いていた経験がある。女性が続ける。

「時期もやっぱり悪かってんて。新型コロナウイルスで全然収入もなかって、どうしようかなというときの警告やったから、みんな空家賃かけてまでやろうとはならんやん」

実は、警察も見て見ぬふりをしていたわけではない。違法風俗店として摘発した例もある。女性によると、平成8年ごろ、約40店舗ほどあった当時の新地に、四方八方から約100人の警察官が乗り込んできたことも。各店舗に口頭で風俗営業を行わないよう警告。その日から、パトカーによる警戒が始まった。

しかし、徐々に各店舗が営業を再開していったという。コロナ禍の中でも組合は、休業要請や時短営業を守り続け、飲食店として受け取れるはずの協力金も申請しなかったと女性は説明する。

また、組合費から警備員を雇い周囲の警戒に当たらせたり、近隣の清掃活動なども行ったりしていたという。いわば、長きにわたって行政や警察との折り合いをつけてきた自負があるというわけだ。

ただ、今回は事情が違った。長期化するコロナ禍の中で、土地や建物を所有しない経営者にとっては家賃が大きな負担となった。組合はついに解散を決意した。

住民の悲願

戦前から鉄鋼や電力などの基幹産業が集まる工業都市だった尼崎は、昭和20年3~8月にかけて数度にわたる空襲を受けた。焼け野原となった商業地で不足する配給。戦後、出屋敷駅北東に巨大な闇市が出現するのは必然だった。かんなみ新地が誕生したのはそのころ。いわゆる「青線」だ。

悪質風俗追放を訴える看板、駐車場の奥にはかんなみ新地がある=令和3年12月13日、兵庫県尼崎市
悪質風俗追放を訴える看板、駐車場の奥にはかんなみ新地がある=令和3年12月13日、兵庫県尼崎市

昭和33年に売春防止法が施行された後も、表向きでは飲食店としながら女性従業員が性的サービスを提供していたとされる。そして、平成、令和、戦後の混乱期から約70年にわたり、飲食店は残り続けた。

「悲願ですよ」

尼崎市内でバーを経営する市議会議員の林久博さん(57)は、かんなみ新地の閉店をこう評した。

新地周辺は阪神尼崎駅まで徒歩10分、大阪・梅田からも電車で30分以内にいけるとあって、アクセス抜群の地域。子育て世代にとっては魅力的な立地だが、〝かんなみ〟の存在が移住を阻んでいた。これまで林さんも市に対策を申し入れていたが、市担当者の返事は「飲食店の登録なのでどないもできまへん」とにべもなかった。

ただ、新地撲滅へ向け機運が少しずつではあるが高まっていたことも事実だ。平成18年の兵庫国体を前に、地域住民らが中心となり「阪神尼あんしんまちづくり協議会」を設立。22年に就任した稲村和美市長も撲滅に前向きな姿勢を見せていた。

変わる「アマ」

「公害」「暴力団抗争」「治安が悪い」といった負のイメージとともに語られることも多い尼崎の実像は大きく変わりつつある。平成24年には1万件を超えていた市内での刑法犯認知件数も令和元年には約5千件と半減。金融機関「ARUHI」による「本当に住みやすい街大賞2018in関西」で、整備や開発が進むJR尼崎駅周辺が1位に輝いた。

前出の女性はつぶやく。「阪急、JR沿線はキレイにしたらええやん。でも、ここら辺はほっといてほしい。じゃないとアマじゃないやん」。バーを訪れていた市内に住む40代の会社員男性も同調する。「きれいくなるんは別にええけど、グレーのところはあってもええと思う」

公的な手続きとしては、単なる違法風俗店への警告にすぎないかもしれない。しかし、ただそう捉えるには70年は長すぎたのだろう。

治安が改善することが良いことなのは論をまたず、これまで県警を含む行政や多くの市民による運動が尼崎のイメージを変えたのは事実だ。警告から1カ月が過ぎた昨年12月には、バーや居酒屋などの新たな明かりが〝かんなみ〟の夜を照らし始め、街はいま、新しい年を迎えた。