石仏は語る

西国三十三カ所をめぐる功徳 天王墓地多尊碑

天皇墓地多尊碑
天皇墓地多尊碑

生駒山系の山麓北端に、天王と呼ばれる地域があります。山里の風景を今によく残し、心の癒やされる風土があります。ここには神功皇后の祖父である迦爾米雷命を主神とする牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)の古い歴史をもつ朱智(しゅち)神社があり、京都・祇園の八坂神社の元社といわれます。

その山裾に天王墓地があり、斎場脇に多尊石仏が3基並んでいます。西国三十三カ所霊場の観音菩薩像を石面に彫り付けられた珍しい石碑です。花崗岩(かこうがん)製、碑の高さ約150センチ、幅約60センチ、厚さ約18センチを測り、頂部に斜めの断裂した補修跡が見られます。枠取りはなく、1体ずつ舟形光背を彫り込み、半肉彫りの像容が見られます。精緻な細工で一品の石造品です。

頂部右端から順に、左側の第三番札所・粉河寺(和歌山県紀の川市)の千手千眼観音菩薩がはっきりと見られ、最下段の左端が三十三番となります。裏面には蓮華(れんげ)座に阿弥陀三尊の種子、「貞享二(1685)年」銘があります。江戸時代、庶民の巡礼が困難な時代に造立され、全ての霊場を巡る功徳があり、造立されたのでしょう。

中央に駒形の花崗岩製、高さ約115センチ、幅約60センチ、厚さ約40センチの石材を5段に分け、頂部に大きな舟形光背を彫り込み、頭部円光には、規則正しい放光が差し刻まれた地蔵菩薩立像。下部4段には阿弥陀如来と地蔵菩薩を15体半肉彫りで配し、それぞれに「西妙・妙□・妙祐・妙圓・妙心・妙福・妙泉・見心・妙全・見宗・妙願・妙園・妙法・妙善・妙界」の法名が刻まれる逆修供養(ぎゃくしゅうくよう)碑です。左側枠に「天正十八(1590)年六月三日」紀年銘があります。

その左に花崗岩製、高さ約123センチ、幅約41センチ、厚さ約15センチの石材に頂部を山形に加工し、額部に二条線の溝を刻んだ十六尊碑があります。頂部中央下に四角い彫り込みを入れ弥勒菩薩1体を半肉彫りし、その下4段に地蔵菩薩を半肉彫りとする15体を刻みだしており、室町時代の造作です。土葬がなされていた名残なのか、集落の習俗として辻蝋燭(ろうそく)が立てられているのも山里の風情を思わせます。(地域歴史民俗考古研究所所長 辻尾榮市)