昨季は2年連続最下位からパ・リーグリーグ優勝を果たしたオリックス。遊撃手の定位置の座を獲得した紅林弘太郎内野手(19)は20歳で迎えるシーズンに向け、気持ちを高ぶらせている。
中嶋聡監督の「育てながら勝つ」というチームづくりの象徴となった一人が正遊撃手として活躍した紅林だった。「ショートで長打を打てるのが自分の魅力。昨季は10本塁打だったので、20本以上は打てるようになりたい」と力を込めた。
昨季は「9番・遊撃」で開幕戦の先発に抜擢(ばってき)された。拙守が目立つこともあったが、2020年途中まで2軍監督を務め、紅林の素質を知る中嶋監督は起用を続けた。ただ、本人は「毎日試合に出るのはこんなに大変なのかと。心も体もいつ壊れるかと思っていた」とがむしゃらに駆け抜けたシーズンを振り返る。
三遊間の深めの守備位置から、強肩を披露するスタイルはファンを魅了した。遊撃手になったのは中学1年から。「小学生の頃は投手もやったが、ショートはずっと守りたかったポジション。内野で一番目立つし、華がある。肩には自信がある」と胸を張る。
今季に向け、本塁打数以外にも、数字の目標を次々と挙げる。「打率は3割以上、出塁率は3割5分以上は残したい」。昨季、四球は12個で、規定打席に達したパ・リーグの打者では最少だった。「チームに貢献するためには、自分が打てばいいではだめ。塁に出るため、追い込まれても粘って、ボール球にしっかりバットが止まれば結果はついてくる」。チームの主力としての自覚をにじませた。
恵まれた体格とあって、シーズン中は体重が3桁になることがあった。「長くプレーするためにはスリムにならないと。(日本ハム監督に就任した)新庄さんも、体重が重いから打球が飛ぶわけではないと言っていた」。白米、ラーメンといった大好物の炭水化物をタンパク質に切り替える。
2月に20歳になり、球団のルールに基づき、車の運転が可能になる。「プロ野球選手は夢を与える職業なのでいい車に乗りたい。でもベンツに初心者マークはちょっと嫌なので、マークが取れるまで別の車で」。飽くなき向上心とは別の顔で、いたずらっぽく笑った。(鮫島敬三)
■紅林弘太郎(くればやし・こうたろう)2002年2月7日生まれ、静岡県出身。静岡・駿河総合高から20年にドラフト2位でオリックスに入団。2年目の昨季は遊撃の定位置を獲得し、136試合に出場。打率2割2分8厘、48打点、10代では球団史上初めて2桁に乗せる10本塁打を放った。背番号24。186センチ、94キロ。右投げ右打ち。