東北の空に描く夢

(上)〝弟子に〟伝授する年 ブルーインパルスパイロット

ブルーインパルスのパイロット、真鍋成孝さん=宮城県東松島市(芹沢伸生撮影)
ブルーインパルスのパイロット、真鍋成孝さん=宮城県東松島市(芹沢伸生撮影)

航空自衛隊第4航空団第11飛行隊 真鍋成孝一尉

昨年7月、東京五輪の開会式当日。その華麗な飛行に多くの人が、魅了されるように空を見上げた。息の合った飛行を披露したのは、航空自衛隊松島基地(宮城県東松島市)に所属する第4航空団第11飛行隊、通称「ブルーインパルス」だ。

「今年は、もっと多くの人に生で飛行を見てもらいたい」。こう語るのは6番機のパイロットを務める真鍋成孝一等空尉。今年5月に36歳を迎える〝年男〟でもある。

ブルインパルスは昭和35年に創設以来、39年に開催された最初の東京五輪も含めて60年以上も、ダイナミックな展示飛行で人々の心を引き付け、航空自衛隊を国内外に広くアピールしてきた。真鍋一尉も「SNSで展示飛行をみた子供が喜んでいる動画を視聴することや、応援の手紙を読むのがうれしい」と語る。

自分の名前が入る機体をバックにポーズを取るブルーインパルスのパイロット、真鍋成孝さん=宮城県東松島市(芹沢伸生撮影)
自分の名前が入る機体をバックにポーズを取るブルーインパルスのパイロット、真鍋成孝さん=宮城県東松島市(芹沢伸生撮影)

高校3年のとき、防衛大を受験する友人の影響もあって、自衛隊員を志す。子供のころからパイロットへの憧れもあった。しかし、最初は航空学生の試験に失敗。同時に受験し、合格した一般空曹候補生として平成17年に入隊した。

一度は航空機の整備員として「一流になる」ことを目指した。しかし「飛びたい」という夢を捨てきれず2年後に再チャレンジ。試験に合格し、19年に航空学生に編入した。

パイロットになってからは2機編隊長として、僚機に分かりやすく、適切な言葉で指示を出す訓練が難しかったという。指示が適切でなければ2機とも危険になりかねず、編隊長の責任は重いからだ。

その後、希望していたブルーインパルスのパイロットに選抜され、令和2年4月から第11飛行隊に所属。訓練によってできなかった技がうまくいったときなど「成長を感じられるとき」に喜びを感じる。