いざ五輪3連覇へ 羽生が出場を決めた「舞台裏」

第90回全日本フィギュアスケート選手権大会 男子フリーでの羽生結弦の演技=26日、さいたまスーパーアリーナ
第90回全日本フィギュアスケート選手権大会 男子フリーでの羽生結弦の演技=26日、さいたまスーパーアリーナ

2022年もフィギュアスケートファンは壮大な夢を見ることができる。男子で五輪2連覇中の羽生結弦(ANA)が2月4日開幕の北京冬季五輪代表に選ばれた。勝てば男子94年ぶりの3連覇。「僕にとって五輪は発表会じゃなく、勝たなきゃいけない場所」と偉業達成に闘志をみなぎらせる。最終選考会を兼ねた昨年末の全日本選手権まで五輪出場を目指すと明言してこなかった27歳は、どんな思いで決断したのか。舞台裏で見たものは「あくなき向上心」と「揺るぎない勝利への執念」だった。

4回転半ジャンプに挑む羽生結弦=26日、さいたまスーパーアリーナ
4回転半ジャンプに挑む羽生結弦=26日、さいたまスーパーアリーナ

2018年平昌五輪2連覇後の軌跡は、前人未到のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)挑戦の日々と重なる。「正直、平昌(五輪)の次のシーズンで降りれると思っていた。それくらいアクセルには自信があったし、4回転半がそんなに大変なものだとは自覚はしていなかった」と笑う。とんでもなかった。けがやコロナ禍の影響があったとはいえ、「4回転以上を回ることが、どれだけ大変かを痛感した4年間だった」と本音をこぼした。

「(ジャンプ時の体の)軸がつくれず、回転も足りない。何度も(氷に)体を打ちつけられた」。練習での挑戦回数は1千を超えるという。ようやく糸口を見いだせるのでは、という予感を得られたのは昨年末の全日本約2週間前だった。

そして、大会に出発する前の最後の練習で、あと4分の1回転で回りきるところまできた。「ひたすら暗闇を歩いているだけ」の道のりに光明が差した瞬間だった。気が付けば、再び五輪イヤーが迫っていた。

初めて公式戦に組み込んだ全日本のフリー冒頭の4回転半は、回転不足で両足着氷になった。成功とはならなかったが、転倒することなく努力の「結晶」を見せた。実は大会前、「自分の中ではこのくらいのアクセルでもいいんじゃないかという思いもある」と打ち明けていた。限界を感じていたと話し、回転不足でも〝妥協点〟を探らなければならないほど、難しいジャンプだった。

しかし、思いとどまった。「僕だけのジャンプじゃない。皆さんが僕にしかできないって言ってくださるのであれば、全うするのが僕の使命なのかなと思った」。全日本で持ち越された4回転半との〝闘い〟の「延長線上」に照準を定めた大会こそが、北京冬季五輪だった。「自分が北京五輪を目指す覚悟を決めた背景には、4回転半を決めたいという思いが一番強くある」。はっきりと言った。

全日本2連覇で代表入りを決めた26日夜。羽生は日本代表のジャージーに腕を通した瞬間、もう一つの欲望へのスイッチが入った。「2連覇を絶対失いたくない」。代表発表会見では「出るからには、勝ちをしっかりとつかみ取ってきたい。夢の続きをしっかりと描いて、(優勝した)前回、前々回とは違った強さで臨みたい」と決意を込めた。「4A(4回転アクセル)込みのパーフェクトパッケージ」。理想の先にかなえる野望がある。(運動部 田中充)

■はにゅう・ゆづる 1994年12月7日生まれ、宮城県出身。2014年ソチ、18年平昌両五輪を2連覇し、国民栄誉賞を受賞。世界選手権や四大陸選手権などジュニア、シニアの主要国際大会を男子で初めて全制覇。16年に世界初の4回転ループ成功。172センチ。