一聞百見

プロクラブの未来は 大阪エヴェッサ代表取締役 安井直樹さん「ないと困る存在に」

大阪エヴェッサ代表取締役の安井直樹さん。クラブの価値向上に努めてきた=大阪市中央区(南雲都撮影)
大阪エヴェッサ代表取締役の安井直樹さん。クラブの価値向上に努めてきた=大阪市中央区(南雲都撮影)

東京五輪・パラリンピックが開かれた令和3年が、間もなく終わる。史上初めて無観客で開催された大会は、新型コロナウイルス禍に翻弄された日本社会を如実に表すイベントでもあった。ポスト五輪のスポーツ界はどこに向かうのか。バスケットボール男子Bリーグ、大阪エヴェッサの安井直樹代表取締役(37)は「五輪にあまり期待をしていなかった人間なんで」と断りつつ「なくなったらコンビニと同じくらい困る存在に、エヴェッサをしたい」と話す。リーグ屈指の若き経営者に、プロスポーツクラブの未来を聞いた。

相手の目的考える営業、不要なものは売らない

クラブの将来像を語る安井さん=大阪市中央区(南雲都撮影)
クラブの将来像を語る安井さん=大阪市中央区(南雲都撮影)

天王寺区で生まれ、育った。生粋の大阪人である。高校時代までバスケットボールに親しんだが、それが職業になるとはまったく思っていなかった。大学を卒業し、人材派遣などを手掛ける会社に営業職で入社。社会人1年目にリーマン・ショックが起こった。

「売り手市場の時に入社したので、調子に乗っていたんですよ。簡単にいうと、社会をなめている状態。(金融危機で)環境が変わり、まったく活躍できなかったんです」と新入社員時代を振り返る。そこから、同じ持ち株会社傘下の大阪エヴェッサの運営会社に転籍。「今のままでは自分は使い物にならないんで『辞めます』って言ったんです。たまたま運営会社がバスケットボールの専門校を始めた年で、募集に携わる営業マンを探しているタイミングだったんです」

会社を辞めるか、転籍するか。上司の打診に「バスケでメシ食うってどういうこと?」と疑問がわいて「考えさせてください」と答えたが、即決を求められて会社を移る決断をした。

「移ってみて、こっちの方が向いていると思いました。エンターテインメントとかが自分には向いているんですよ。(大学時代には)わざわざ道具を買ってドッキリをかますとか、意味もなくやっていました。仕事で喜んでもらえると思えば、楽しかったですね」

ただ、当時はBリーグが発足する前の時代。運営会社の組織も今とはずいぶん違っていた。「言っていいのか分からないですけど、当時の上司が全部業務をやっていたので、やることがなかったんです。やることがないから、新規スポンサーを獲得するための『打電』を勝手に始めたんです。営業は前職でやっていましたしね」

「打電」とは、片っ端から電話をかける営業手法のこと。当時の大阪エヴェッサのスポンサーは約15社あったが、ほとんどが持ち株会社の取引先。「それではあかんやろと、独自のスポンサー開拓を勝手にやりだしました。そうすると、契約が取れたんです。周りから『取られへん』『無理やって』と言われていたんですけど。1、2カ月後にもまた取れて。そこから、スポンサー営業部みたいなものをつくっていけとなりました」

それから約10年。今の大阪エヴェッサは約500社ものスポンサーを抱える。「最初は『試合会場に広告出ますよ』と営業していました。売れないんですよ、これって」。そこで、相手が求める目的を重視するようになった。「採用が鈍いからイメージを変えたいという依頼があったとします。エヴェッサのスポンサーになれば、たとえばホームページとか名刺にロゴを入れたり、バナーをはれたりする。相手がしたいことがあれば、そのためにこれをやりましょうという形。僕は不要なものは売らないんで」。そうした哲学が、運営会社でも次第に注目されるようになった。

4年目の失敗乗り越え、「自分軸」の境地に

今シーズンの新体制発表で選手、監督らと記念写真に納まる安井さん(中央)=©OSAKA EVESSA
今シーズンの新体制発表で選手、監督らと記念写真に納まる安井さん(中央)=©OSAKA EVESSA

大阪エヴェッサの代表取締役に就任したのは平成28年、31歳のときだった。「前の社長が退任して誰がなるんやろうと思っていたら、僕やったんです。声がかかったときには『まだ早いと思います』と言いました。若い社長で会社がなめられてもダメだと思ったので。しかし、それ以外に断る理由はないので、最終的に『やります』と答えました」と述懐する。今でも、初対面の相手に「若いね。もっとおっちゃんやと思っていたわ」と驚かれることがあるという。

営業畑から運営会社全般を統括する立場となり、最初の1~2年は全てのことに気を配って指示を出そうとしていた。だが「今は細かいところは、気にならなくなりました。全部を見ようとしても、ストレスがたまるだけ。ためない方法は部下に仕事を振ること。振らないといけないというのは分かっていたんですけど、最初は行動に移せなかった。でも、慣れてくると細かいところまで全部自分が言っても、誰かに任せても、結果は一緒だと気付きました」と言い切る。

1、2年目=とにかく目先のことばかり追いかける。

3年目=勘違いをする。

4年目=その結果、失敗する。

5年目=現実的になる。

6年目=方向性を示して組織を動かすようになる-というのが、自身の行動を顧みてのおおよその人間の考え方の法則だという。

4年目の失敗とは。「こんなんやったら集客できるのではと思って実施したにもかかわらず、全然来ない。たとえば…」と明かしたのは、試合のゲストにモノマネ芸人を招いたことだった。「モノマネ縛りみたいなのをしたんです。意地になって、モノマネ芸人ばっかり呼んだ。効果はあまりなかったな。周りの(批判的な)声も聞こえていたんですが、聞こえないふりをしていました」と苦笑する。その上で「今はだいぶん精度が上がりました。お金をかけず、もっといい方法あるなと。無理しなくなりましたね」と強調する。

では、プロスポーツクラブを経営する上で芯となるものは何なのか。座右の銘を尋ねると、返ってきたのはこんな答え。「直感を信じますね。だいたい直感ですね。直感で判断できずに悩んだら、2、3日置くんです。それで、そもそも論を考えるんです。で、意思決定します」と説明する。参考にしているのは、アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏と、電気自動車メーカー「テスラ」経営者のイーロン・マスク氏という世界的実業家2人の思考法。「2人とも、会ったことはないですけど。本やユーチューブとか。ユーチューブの方がいいですね、動画なんで頭に入りやすいですし」と話す。

自身の性格は「昔から基本前向き」な半面「結構、ナーバス。気にしいですし」と自己分析する。だから、他人の意見に惑わされることも多かった。

「自分の直感や思いが先にあっても、他人の意見や雑音がかぶさると、悩みだすんです。前向きで動いて、ちょっと頭をたたかれることがある。周りの意見を聞き始めたときに悩んで『うわ、どっちやろ』となって、違和感を覚えながら進めては失敗するケースが繰り返されてきました」

解決策は自分を信じることだった。「あるとき『悩みって自分のやりたいこととのギャップなんだ』と気付き、ギャップができる原因を考えたら、周りの意見や雑音だったんです。それでぶれた結果、人生うまくいったためしがない。自分の直感を信じたときの方がうまくいくんですよ。ああなるほどなと思って、自分軸で進めることに決めました。先月ぐらいから、ちょうど」と笑う。代表取締役7年目となる令和4年は、「自分軸」の手法が試されることになる。

キャッシュ生む「BtoG」で社会の役に立つ

安井さんは社会の役に立つ事業にも意欲を見せる=大阪市中央区(南雲都撮影)
安井さんは社会の役に立つ事業にも意欲を見せる=大阪市中央区(南雲都撮影)

Bリーグが開示している経営情報によると、大阪エヴェッサの令和元~2年シーズンの営業収入は約13億7千万円。1部(B1)の18クラブ(今季は22クラブ)中4番目の規模を誇る。プロ野球やサッカーには及ばないが、新型コロナウイルス禍がなければ、右肩上がりの成長を遂げてきたリーグである。しかし、「チーム強化と経営は絶対に両輪で回さないといけないんですけど、今はウチだけじゃなく、リーグ全体でチームのコストが上がっている。バランスがすごく悪い。このやり方だと、どこかに負荷がかかってしまう」と警鐘を鳴らす。

その上で「日本ではスポンサー料収入を安定させないと、経営は安定しない。ウチみたいな規模でいうと、親会社以外のところでいかに増やすか。契約は基本1年単位なので一度締結すると、1年間のベースはできる。2年目以降の更新率もだいたい見えるので、次年度の売り上げのベースもつくれる」と力説する。「対戦相手や天候に左右されるし、コロナのようなことが起きたら急に下がったりする」という入場料収入の不安定さも、スポンサー料収入を重視する理由だ。

一方で、将来には壮大な青写真を描く。「理想なんですが、『ないとあかん』にしないといけないです。『エヴェッサがないと困るよね』というものにしないといけない。よくある『おらが街のチーム』という考え方ではありません」と打ち明ける。

理想像に近づく具体例で挙げるのは、近年力を入れている「EVESSAチャリティー」。スポンサー企業を募ってバスケットボールを購入してもらい、それを企業名で中学校や高校に寄贈する取り組みだ。

「規模は小さいですけど、エヴェッサが無くなると、ボールの供給が止まる。無くなったら環境整備が進まなくなるとか、インフラが整わないとか、生活に影響するところまで、地域と一緒にできたらいいと思っています。あるのが当たり前だけど、無くなったときを想像したら『わー、えらいこっちゃ』みたいな存在になりたいんです」

理想が現実になる目安は、2030(令和12)年の手前。今はまだ、山登りの1合目付近と捉え、「僕の中ではBtoG。Gはガバメント(公共団体)。もっと公共の方に入っていかないといけないと思っているんです。行政が担うサービスを代行するとか。そっちの方がビジネスが広がる余地があると思います」と持論を展開する。思い描いているアイデアもある。

「今一番したいのは、小中学校、高校の蛍光灯をLEDに替えたい。スポンサーと一緒に。狙いは脱炭素。そもそもコストも下がる。ただ、仕組みづくりに苦労しています。仕組みがないと、続きません。自治体を訪ねたりした際に、チラッと話を振ったりして情報収集しているんです」

ただ、バスケットボールの寄贈にしても、蛍光灯のLED化にしても、単純に大阪エヴェッサのイメージ向上や認知度アップを狙ったものではない。「『いいことをしているよ』という広告ではなく、社会が良くなるだけでなく、キャッシュを生む方法を考えないといけない。『ただ=無料』は絶対に無理なんです。何かの形で利益が生まれる仕組みにしないと、続かないでしょう」と訴える。

最後に、自身にとって大阪エヴェッサがどんな存在なのかを尋ねた。「バスケを入り口にして、社会のいろんな役に立つことができる、めちゃくちゃいいコンテンツだと思っています。おそらく民間企業が真っ正面から行政に交渉するよりも、エヴェッサがした方が早い。イーロン・マスク氏が米航空宇宙局(NASA)から事業を受託するように、民間で実施した方がコストも下げられて、性能も上がるようなことをして、社会がより良くなるようなことをしていきたいですね」。夢はふくらむ。

バスケットボールを手にポーズをとる安井さん=大阪市中央区(南雲都撮影)
バスケットボールを手にポーズをとる安井さん=大阪市中央区(南雲都撮影)

【プロフィル】やすい・なおき 昭和59年、大阪市出身。大阪・大商学園高から桃山学院大に進学。平成20年、大阪エヴェッサの実質的な親会社であるヒューマンホールディングス傘下で、人材派遣などを手掛けるヒューマンリソシアに入社。22年に大阪エヴェッサ運営会社のヒューマンプランニングに転籍し、スポンサー営業などを担当。28年に31歳で代表取締役に就任した。