話の肖像画

輪島功一(30)人生の宝はファンと共有する記憶、そして妻

妻の滝代さん(左)はジム開設以来34年間、マネジャーを務めている。夫唱婦随で来年は結婚から49年になる=10月21日、東京・西荻窪の輪島功一スポーツジム(酒巻俊介撮影)
妻の滝代さん(左)はジム開設以来34年間、マネジャーを務めている。夫唱婦随で来年は結婚から49年になる=10月21日、東京・西荻窪の輪島功一スポーツジム(酒巻俊介撮影)

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《世界王者になってから50年がたち、今人生を振り返って、得た「宝物」とは》


決してカネやモノではないですね。カネで言えば、私は世界タイトルマッチを13試合戦い、この間のファイトマネーの総計は3億数千万円になる。このカネを使って残したものといえば、引退した年の昭和52年に土地代込みで1億4千万円で建てた自宅ぐらいでしょう。これだけは残せたが、別に宝物だと思ったことはありません。

もともとカネに無頓着な私は、1億3千万円ぐらいをいろいろな人に貸し、返ってこないでそのままになっています。自分がかつて貧乏したものだから、カネに困っている人をみると、頼まれれば何とかしてあげたいと思うわけです。返ってくるとも思わないで貸しているわけですから、別に気にしていません。妻の滝代には「もういいかげんにして」と何回も叱られましたが…。

私が大切な宝物だと思っているものは、2つあります。一つは「記憶」です。これは私自身の中にある記憶と、ファンの皆さんの中にある記憶の両方を指します。


《ラストファイトからすでに44年の歳月が流れたが、「炎の男」の熱い戦いの数々はいまなお多くのファンの脳裏に焼き付いている》


ありがたいことです。負けた試合も含めて命懸けで戦ったワンシーン、ワンシーンが、多くのファンの記憶の中で生き続けてくれることはボクサー冥利(みょうり)に尽きます。私自身の記憶も「やれることはすべてやった。完全燃焼した」という限りない充足感に結びついています。

もう一つの宝物は「妻」です。全くの偶然で出会って結ばれ、ぜいたくもせず、よく尽くしてくれました。私が7度目の防衛戦でオスカー・アルバラード選手に負けてからは、最後の試合を除いて3度の敗戦のたびに「まだやる」「もうやめて」と大げんかをしましたが、いつも最後は折れてリングに上がることに協力してくれた。だんご店を始めるといったときも、ジムを開くと告げたときも、何も言わずについてきてくれた。夫唱婦随そのままです。

だから私は人前でも何ら照れることなく「妻は私の宝物です」と言い続けています。これが私からのせめてもの感謝の表現です。


《人生100年の時代、第4章が幕を開けた》


ボクシングに出会うまでが人生の第1章、現役選手時代が第2章、引退後のさまざまな経験が第3章とすれば、ジム会長を退いて初めて迎える年の来年以降は第4章ということになるでしょう。

来年4月に79歳となり、傘寿(さんじゅ)も視野に入ってきますが、時間に追われるのではなく、逆に時間を追って「もう」ではなく「まだ79歳だ」という気持ちを大切にしたい。ジムにも、ちょくちょくは来ませんが、週に2回ぐらいは顔を見せて、厳しいことの一つでも(次男で会長の)大千(ひろかず)や練習生たちに直言しようと思っています。はっきりと言うべきことを言う人が日本では減り続けているように思いますが、これは決していいことではない。嫌われ者になってもかまわないので、老いてなお盛んな直言居士でありたいです。

来年2月には、10月にプロデビューした孫の大心(たいしん)の2戦目が予定されており、どんな成長をみせてくれるか楽しみです。

かわいくてしようがない、愛(いと)しいボクシングとの付き合いはまだまだ続けます。(聞き手 佐渡勝美)

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