五輪のレガシ-

在学中で、2度目の五輪目指す 女子リレー、青山華依さん

パリ五輪に向けて意気込みを語る 甲南大1年の青山華依さん=神戸市東灘区
パリ五輪に向けて意気込みを語る 甲南大1年の青山華依さん=神戸市東灘区

ついに実現した夢の舞台。だが、東京五輪陸上女子400メートルリレーで、日本の第1走者を務めた甲南大1年の青山華依(はなえ)さん(19)は数カ月前まで、自分が五輪に出るなど現実的に考えたことはなかったという。チームは決勝進出を逃したものの日本記録まで0・05秒に迫る43秒44を記録。「悔しさもあったが、大舞台に調整を合わせて自分の走りができたのは大きな経験」と振り返り、3年後のパリ五輪を見据え「個人の力を高めたい」と飛躍を誓う。

8月5日、国立競技場。スタートの合図とともに、鋭い加速で飛び出した。168センチの長身から繰り出すストライド(歩幅)の大きな走りで後半もスピードを維持。大学で指導を仰ぐ男子100メートル元日本記録保持者、伊東浩司さんの「カーブ後半がしんどいと思わないように」とのアドバイスを胸に駆け抜け、第2走者にバトンを託した。

東京五輪のレース後に記念撮影に応じる青山華依さん(左)ら日本チーム=8月5日、国立競技場
東京五輪のレース後に記念撮影に応じる青山華依さん(左)ら日本チーム=8月5日、国立競技場

レース直前は緊張したというが、「海外の選手が歌ったりニコニコしていたり、お祭りみたいな雰囲気で、少し緊張がほぐれた」と笑みを浮かべる。

大阪市出身。リレーで高校総体優勝経験のある父と走り高跳びの選手だった母の影響で、小学5年から陸上を始めた。中学3年からめきめきと記録を伸ばし、強豪・大阪高校に進学。高校2年だった令和元年、日本選手権女子100メートルで3位に入った。

高校卒業直前の今年3月に100メートルの自己ベストを更新する11秒56をマーク。大学入学後の5月にポーランドで開かれた世界リレーに日本代表として出場した。第1走者を務めて4位に入り、日本の2大会ぶりの五輪出場権獲得に貢献した。

しかし、帰国後は予期せぬ故障に見舞われた。新型コロナウイルス対策の隔離期間を終えて国内大会に出場した日の夜、歩くと臀部に痛みが走った。腰を痛めたことによる座骨神経痛で、約1週間走ることができなかった。

完全には調子の戻らないまま6月下旬の日本選手権に出場。「気力で乗り切る」と何とか決勝まで進んだ100メートルの結果は、8位に終わった。

男子は日本選手権の100メートルが五輪400メートルリレーの代表選考を兼ねたのに対し、女子は世界リレーに日本代表として派遣された選手が五輪の400メートルリレー選手として内定することが決定。自身の五輪出場は内定したが、SNS上には賛否の声があるのを目にした。

「日本選手権で結果が悪かった自分が(五輪に)出場してもいいのかな、と悩んでしまったつらい時期だった」。緊急事態宣言下での五輪開催についてもさまざまな意見があった中、「気持ちを切り替えて、競技に集中することの大切さを学んだ」と振り返った。

競技においても五輪出場は大きな成長の機会となった。中学3年時以来のリレー第1走者を担うことになり、世界リレーから東京五輪にかけてカーブの練習に集中して取り組んだことで、カーブのフォームが一気に改善。「個人でも200メートルがすごく良くなった」と喜ぶ。

一方、体格に恵まれた海外選手と戦ったことで、「上半身の弱い自分には、まだまだかなわないと思ってしまった」と気を引き締める。シーズンオフとなった現在は、肩回りや腕の筋力アップを重視したトレーニングに励んでいる。

東京五輪への出場は、甲南大で初めての現役五輪選手の誕生となった。3年後に控えるパリ五輪に出場できれば、現役学生として2度の出場をかなえる快挙に期待もかかる。

自身としては東京五輪も世界リレーも「出られるとは思ってもいなかった大会」だというが、世界の舞台を経験し、パリ五輪出場という新たな目標も生まれた。「世界で戦っていくため、まずは100メートルで11秒4台の壁に向かって努力することが大事。安定して好タイムを出せるよう、練習はもちろん精神的にも強くなりたい」と抱負を語った。(福井亜加梨)

あおやま・はなえ 大阪市出身。小学5年のときに地元クラブで陸上を始めた。同市の大阪高校2年だった令和元年の日本選手権女子100メートルで3位、翌年は4位。今年3月の世界リレー代表選考会で100メートルの自己ベスト11秒56を記録し、世界リレー、東京五輪はともに日本代表として女子400メートルリレーの第1走者を務めた。来夏に米オレゴン州で開かれる世界選手権の女子100メートル参加標準記録は11秒15。