選挙区で初めて敗北した小沢一郎氏 その兆候は平成26年から

地元での第一声の後、支援者に応える立憲民主党の小沢一郎氏(中央)=10月19日、岩手県奥州市
地元での第一声の後、支援者に応える立憲民主党の小沢一郎氏(中央)=10月19日、岩手県奥州市

10月31日投開票の衆院選は岩手県政界にとって歴史的な総選挙となった。圧倒的存在感で半世紀にわたって無敗を誇ってきた立憲民主党の小沢一郎氏(79)が初めて選挙区(岩手3区)で落選したからだ。比例復活で現役最多18度目の当選は果たしたが、実はその兆候は平成26年の歳末総選挙当時からあった。

「私が最年少だもの」

4度目の挑戦で初めて小沢氏に勝利した自民党の藤原崇氏(38)の陣営で選対本部長を務めた平野達男元復興相は「山が動いたどころではない」と評した。元復興相は小沢氏に見いだされて政界入りし、政治のノウハウを学んだかつての師のすごさを知っていたからだ。

だが落選の道程は小沢氏が72歳で迎えた平成26年の歳末総選挙当時から兆候があった。中学時代の同級生を核に鉄の団結を誇った後援会組織の高齢化である。小沢氏の後援会連合会長の小笠原直敏さん=当時(69)=は「15ある後援会のうち、ここ1年で2人の会長が亡くなり、私が最年少だもの…」と危機感を隠さなかった。

選挙運動を秘書や家族に任せてきた小沢氏も、このときの選挙では後援会の進言を受けて選挙中盤と最終日の計3日間、選挙区入り。ほぼ30年ぶりの〝どぶ板選挙〟を展開し、1万7千票差で逃げ切ることができた。

前回の29年の総選挙は区割り変更で中選挙区時代の旧岩手2区の地盤が新たに加わり、事なきを得ることができた。

しかし、高齢化に警鐘を鳴らした小笠原さんが昨年2月に他界。23年の東日本大震災後、1年近くも地元に戻らなかったことも尾を引いた。地元・奥州市の70代の男性ですら「小沢さんはほとんど戻ってこない。大震災のときも何もしてくれなかった。もう期待できないよ」と吐き捨てた。