文学研究が同時に外交研究として通用するなら、秀逸な証左だが、西原大輔東京外国語大学国際日本学研究院教授の『室町時代の日明外交と能狂言』(笠間書院)は見事な国際文化関係論だ。著者は気持ちのいい学究で、遠慮せず、先輩の誤りを指摘し、問題の所在を明らかにする。
戦後イデオロギーからの解放
西原教授が戦後イデオロギーに拘束されず、発言する例をあげる。能楽評論の大家、増田正造氏は、「世阿弥は平和や繁栄という根元的なものは賛美したけれど、室町幕府や義満を称える能をひとつも書かなかった」と『能の表現』(中央公論新書)で書いた。だが、「政府や権力者を賛美するのは悪だとする戦後イデオロギー」の色眼鏡から自由でないから、こんな誤りを平気で書く、と西原は言う。世阿弥ら「御用役者が制作した能、とりわけ脇能の多くが、国家や将軍をめぐる慶事などを背景にして制作された」(天野文雄著『世阿弥がいた場所』、ぺりかん社)のだ。