「開いた天井を探した時代」浅井慎平×山下洋輔

昭和について語り合う浅井慎平(左)と山下洋輔=東京都港区(石井健撮影)
昭和について語り合う浅井慎平(左)と山下洋輔=東京都港区(石井健撮影)

ジャズピアニストの山下洋輔(79)が、ユニークな企画CDに参加した。「昭和の男」を象徴する映画音楽を通じ、現代人を見つめ直そうという趣旨の作品で、封入の解説書には写真家の浅井慎平(84)がエッセーを寄せている。令和も4年目を迎えようとしているが、昭和の若者文化を大いに刺激した2人に、〝あの時代〟特有の熱気を語ってもらった。

純であることが難しい時代になった

《山下が参加したCDは「風姿~忘れがたき男たち」。三船敏郎、高倉健、菅原文太という昭和を代表するスターの映画テーマ曲を、山下と秋田慎治(49)の2人のジャズピアニストがそれぞれ演奏している。山下は、ソロで「七人の侍」と「赤ひげ」。浅井は、「男の顔」と題した文章を書いた》

浅井「三船さん、高倉さん、菅原さんがスターだった頃の『時代性』が面白いので、こういう企画作品も成立するのでしょう。昭和という時代には特有の匂いがあった。ただ、それはもうなくなった。日本人が変わってしまったんじゃないですかね?」

山下「昭和30年代後半から40年代っていうのは、何か『壁』のようなものがあって、それを壊して進んだ」

浅井「今は、マーケティングがあって、結果を先に考える。僕らの頃はやむにやまれず行動を起こした。その違いがある。そういう純であることが、ものすごく難しい時代になった」

手つかず

《浅井は昭和12年生まれ、愛知県出身。グアム島の日常風景の写真、そして来日したビートルズに密着した写真で一躍注目された。文芸、音楽、映画、工芸など、さまざまな分野でも活躍している》

浅井「僕は写真学校に行っていないんですよ。だから写真家としてデビューするため、道場破りみたいにコンペにいっぱい勝っていた。そこに昭和41年、ビートルズが公演のために来日。直前にちょっとした賞をとっていたんで、ラッキーなことに日本滞在中のビートルズを僕が撮影することになった」

浅井「あの頃、いろんなジャンルで〝天井〟が少し開いていた。若い人たちは、その開いた天井を懸命に探した。そこに面白いことができる場所、〝手つかずの何か〟があるのではないかと。洋輔さんでいえば、それがフリージャズだった」

ぶち壊す

《山下は昭和17年生まれ、東京都出身。44年、山下洋輔トリオを結成。『フリー』と呼ばれる前衛的なスタイルの演奏でジャズ界に大きな衝撃を与えた。著書「風雲ジャズ帖」「ドバラダ門」などエッセイストとしても知られる》

山下「僕は、高校を出てプロ演奏家から声がかかるようになった。そんなジャズの先輩たちが、東京・銀座のシャンソン喫茶『銀巴里(ぎんぱり)』を借り切って始めたセッションに誘ってもらったのが37年ぐらい。司会の音楽評論家、相倉久人(あいくら・ひさと)から、前衛音楽のことやぶち壊すことのおもしろさを学んだ」

山下「僕は、一度、病気で休みまして。やり直したときに、前と同じことをしても、自分の表現ができないと考えた。そこで思い切って、めちゃくちゃをやってみた。ひじで鍵盤を打ったり。周りも『これは、面白い』と。それが、44年でしたね」