ビブリオエッセー

車上の自由。よりかからない人生 「ノマド 漂流する高齢労働者たち」ジェシカ・ブルーダー著 鈴木素子訳(春秋社)

少し前に読んだある新聞記事でこのノンフィクションを再び手に取った。あのアマゾンが年末の休暇シーズンに向けて期間限定の従業員を十数万人も採用するという内容だった。現代アメリカ版の季節労働である。

ノマドとは遊牧民の意味で、この本に登場するのは仕事を探してキャンピングカーで全米を渡り歩く現代のノマド、自らを「ワーキャンパー」とか「ラバートランプ(車に乗った放浪者)」とも呼んでいる。

なかでも多くのワーキャンパーを雇っているのがアマゾンの物流センターだ。最低でも10時間は働き、1回の勤務で24キロ以上歩く人もいるそうだ。しかしノマドたちはどこまでも明るい。この本の主人公でもあるリンダ・メイという女性は取材当時64歳だが、そのめげないポジティブさ、たくましさに思わずうなった。

多くはリーマンショックなどで財産や家を失い、車上生活を余儀なくされた高齢者たちだ。政治の、格差社会のひずみがここにある。今年は映画『ノマドランド』がアカデミー賞など数々の賞で話題になり、世界に知られた。

ふと母の入所していた高齢者施設に思いが及んだ。みんなで童謡を歌ったりして時間を過ごしていた高齢者たち。私ならバッハもモーツァルトも聴きたい、政治や経済も語りたい。

それにしてもアメリカの高齢者たちはタフだ。体が動くうちは「自分で生きる」ことを選ぶ。「人間には尊厳ってものがあるんだ」と意地を見せられているようだ。気持ちは野垂れ死ぬ最期まで自分の力で。リタイアはない。

報道によれば、アマゾンの時給も上がっているらしい。リンダたちも喜んでいるかな。ノマド。過酷だが自由な生活者。茨木のり子さんの「倚(よ)りかからず」という詩を思い出した。

神戸市中央区 大久保優(69)

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