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音声で聴く 戦後史開封

岸壁の母 「もしやもしや」の息子は生きていた

第1話 希望を捨てず舞鶴港へ(第1話は登録なしでお聴きいただけます)
端野いせさん(左)と息子の新二さん(いずれも舞鶴引揚記念館提供)
端野いせさん(左)と息子の新二さん(いずれも舞鶴引揚記念館提供)

昭和20年に先の大戦が終わると、海外にある日本の領土や、日本軍が占領した地域などには約660万人の日本人が残されました。京都府の舞鶴港には、シベリアに抑留されていた人など約66万人が引き揚げてきました。

息子の端野(はしの)新二さんの帰りを桟橋でひたすら待ち続ける母、いせさんは、ヒット曲「岸壁の母」のモデルになりました。

産経新聞に平成12年に連載された「21世紀に語りつぐ 親と子の日本史」を基に音声ドキュメントでお届けします。当時の取材の過程で、新二さんが中国で生きていたことが分かりました。

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