令和3年「私の3冊」

年末恒例、今年の「私の3冊」です。好きな芸能人やキャラクターを応援する「推し活」が勢いを増す中、出版界では小説『推し、燃ゆ』が売れ、漫画『【推しの子】』がヒットしました。各ジャンルの専門家が選んだ〝推し本〟はこちら。年末年始休暇の読書にお役立てください。

≪文芸≫

□文芸評論家・富岡幸一郎

❶貝に続く場所にて 石沢麻依著(講談社・1540円)

❷二千億の果実 宮内勝典著(河出書房新社・2475円)

❸天路 リービ英雄著(講談社・1870円)

❶ドイツの学術都市に暮らす「私」のもとに、東日本大震災で行方不明になっていた友人が現れるという話。震災から10年が過ぎたが、コロナ禍で世界は通常の時間の流れを失い、過去・現在・未来の遠近法は揺らいでいる。

それはパンデミックという非常事態のためではなく、情報化社会の急激な発展によって、人類が自分たちの五感で「現実」を正確にとらえることができなくなっているのではないか。デジタル化という叫びが、それに拍車をかける。

群像新人文学賞を受賞し、芥川賞受賞作となったこの作品は、本来的な描写の力によって「感覚の人」を回復させようとする。

❷本書は、まさに人類の祖先として発見された最古の化石「ルーシー」の物語から、350万年の時間をワープしていく物語。ホモ・サピエンスの歴史はアフリカから出発し、やがて地球という惑星を覆い尽くすが、その終末が今、見えてきているのではないか。『南風』でデビュー以来、世界を越境してきた作家の現代への挑戦的な野心作。

❸日本語を母語としない作家が、中国の最果てのチベット高原で、一千年の祈りとその文字と出遭う旅を描く。それは記号で埋め尽くされた現代に、文字と言葉の響きという人類の原点を深く想起させる。言葉こそが危機を乗り越える恩寵(おんちょう)であることを、この小説は静かに伝えてくれる。野間文芸賞受賞作。

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