主張

ソ連崩壊30年 露は帝国主義的野望捨てよ 日米欧は力の結束強化を

1991年12月25日、米国と世界の覇を競った超大国、ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が消滅した。あれから30年たった。

「20世紀最大の実験」といわれた世界で初めての共産党による独裁政権は、国内ではスターリン大粛清に象徴される強権・恐怖体制を敷き、対外的には東欧諸国の共産化など謀略を駆使して膨張し、一大帝国を築き上げた。

ソ連帝国はロシア革命後74年、連邦成立後69年で崩壊した。ソ連を継承したロシアでは当初、民主社会への移行も期待された。しかし30年後の今、恐怖政治の権化だった巨大な秘密警察・国家保安委員会(KGB)出身のプーチン大統領はソ連に本卦還(ほんけがえ)りしたような強権・恐怖支配に回帰した。

独裁には不屈の抵抗を

「ソ連崩壊は20世紀最大の大惨事」と恨み節を繰り返すプーチン氏は、旧ソ連圏での影響力保持・浸透に露骨な野心を示す。

2014年3月、ウクライナの南部・クリミア半島併合で西側の経済制裁下にあるロシアは今また、同国国境に大軍を展開、「北大西洋条約機構(NATO)加盟阻止」に圧力をかけ、米国と激しく対立している。

日米欧を中核とする民主主義陣営は今こそ、米ソ冷戦時代のようなプーチン政権の「帝国主義的野望」を放棄させるため、破壊力のあるさらなる経済制裁や軍事政策を含め「力の結束強化」に向けた具体策を模索すべき時だ。

ストルテンベルグNATO事務総長が「欧州のすべての国家が自らの道を決める権利を持つことについては譲歩しない」と明言したのは当然である。

ソ連の苛酷な強制収容所体験を持つノーベル文学賞作家、ソルジェニーツィン氏は、「全体主義の攻撃、暴力に抵抗するには、テコでも動かぬ堅忍不抜の精神が必要だ」と西側に警告していた。

プーチン政権の居丈高な軍事行動の背後には中国の存在がある。かつてはソ連の弟分だった中国は、習近平国家主席の下で今や史上最大最凶のいわば「デジタル・スターリン主義」とも呼ぶべき共産超大国として立ち現れ、米国との対決姿勢を露(あら)わにしている。経済力、軍事力で大きく劣るロシアは上下関係が逆転した中国の尻馬に乗る形で陸海空での度重なる合同軍事演習など「軍事同盟」然とした関係を深めている。

ソ連が消滅した12月25日夜、最後の指導者となったゴルバチョフ大統領(元党書記長)はテレビ演説で、「私は不安を持って去る」と辞任を表明した。同じ12月8日、エリツィン・ロシア大統領らスラブ3首脳会議は「ソ連消滅」とソ連に代わる緩やかな連合体の「独立国家共同体(CIS)」の創設を電撃決定した。これで完全に梯子(はしご)を外されたゴルバチョフ氏は退陣を余儀なくされた。

「崩壊」の教訓汲む中露

ゴルバチョフ氏は硬直した共産体制に風穴を開けようと、政治改革・ペレストロイカとグラスノスチ(情報公開)に踏み切る大決断とともに登場した。しかし、言論の自由が花開く中で、スターリンや取り巻きの非道ぶり、米国との軍拡競争とアフガニスタン侵攻の途方もない軍事支出と若い兵士の悲劇的な死、東欧諸国の弾圧、特権階級の豪勢な生活ぶりなどタブーとされてきた歴史の闇が次々と暴かれた。国家は求心力を失い、民族運動の噴出も相俟(あいま)って帝国は最後はあっけなく崩壊した。

「国を開いて自由と人権を認めれば、国は滅びる」。「ソ連崩壊」の教訓を最も痛切に汲(く)み取って恐怖支配に生かしているのがプーチン、習近平両氏といえる。

日本外交はソ連崩壊という政治空白を北方四島奪還に生かせなかった。その結果、プーチン政権は「平和条約締結」だけをあげつらい、その前提となる「領土問題」は「存在しない」とソ連時代の強硬的立場に戻ってしまった。

日本在住のウクライナ人国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は「ロシアは約束を破るために約束をする国だ」(月刊「正論」2月号)と喝破する。北方領土占領がスターリンの日ソ中立条約の一方的破棄という暴挙から始まった―との真実はロシアの教科書にはひと言も書かれていない。

ゴルバチョフ氏の辞任演説とほぼ同時に、クレムリンに翻っていた槌(つち)と鎌の赤いソ連国旗は引き降ろされた。その赤旗が今また掲げられているような錯覚に陥る。