日曜に書く

論説委員・中本哲也 年の終わりに悪魔祓いを

マクロ経済(成長と分配)に関する意見を出席者から聞く岸田文雄首相と山際大志郎経済財政政策相(左)=11月18日午前、首相官邸(矢島康弘撮影)
マクロ経済(成長と分配)に関する意見を出席者から聞く岸田文雄首相と山際大志郎経済財政政策相(左)=11月18日午前、首相官邸(矢島康弘撮影)

「方法」という悪魔にとり憑(つ)かれないで

「目的」という大事なものを思い出して

散歩しながら、年甲斐(としがい)もなく「SEKAI NO OWARI」の「RPG」を、時々口ずさむ。

「成長」と「分配」

10月の衆院総選挙以降、「成長」と「分配」(の好循環)という言い回しに、ずっと違和感を覚えている。

「成長」は目的たり得る。だが、「分配」は方法(手段)であって目的ではない。

与党も野党も、右も左も中道も、《「方法」という悪魔》にとり憑かれてはいないか。今の社会において「分配」が必要な手段の一つであっても、それが目的化するのは危険だ。

子育て世代への給付金をめぐる混乱と迷走では、10万円相当の給付という「手段」は明確なのに、何のための給付かという「目的」はぼやけた。危険な兆候である。

目的とみなせる「成長」と手段にすぎない「分配」では、「どっちが大事」だの「どちらも重要」だのというような議論は、そもそも成り立たないと筆者は思う。

話は飛ぶ。

「慣れ」と「依存」

広げた新聞紙の中央を摑(つか)み、片手だけで掌(てのひら)に収まるように丸め込む。

スポーツ庁長官、というよりはアテネ五輪ハンマー投げ金メダリストの室伏広治氏が、現役時代に考案した練習法のひとつである。他にも、紙風船を両手で持ってスクワットのような動作をしたり、投網を取り入れたりと、独自の練習を実践したことはよく知られている。

その理由を質問され「慣れてしまったら、トレーニングじゃなくなる」という趣旨のことを、テレビで語っていた。

サンケイスポーツに在籍していた平成10(1998)年に、室伏氏を取材した。父、重信氏の日本記録を更新して間もないころで、五輪金メダリストになろうとは想像できなかった。

独自練習のことは、取材の数年後にテレビで知った。金メダリストのレベルははるか遠いけど、中学、高校の部活動で練習をこなす要領を覚え、競技力が向上しないという経験は、筆者にもある。

新聞記者の場合、記事やコラムの類型(パターン)を覚え、それに当て嵌(は)めて書くことは日常的にある。記者にとっては重要な技能(スキル)だが、伝えるための手段であって、目的ではない。

どんなに必要で有効な手段であっても、使う側に「慣れ」や「依存」が生じると、本来の目的を覆い隠す「魔物」に転じる恐れがある。

類型に当て嵌めただけで、伝えるべきことに向き合っていない空疎な記事を書いてはいないか。あるいは、伝えるべきことを、無理に類型に押し込めてはいないか。絶えず自己検証することで、魔物を祓(はら)わなければならない。

「RPG」を最初に聞いたころは、「方法」を悪魔にたとえるのは大げさに感じたが、的確な比喩だと、今は思う。

さらに話は飛ぶ。

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