岸田文雄政権が北京冬季五輪への政府関係者の派遣見送りを表明したのは、中国の香港や新疆ウイグル自治区での人権弾圧を容認しない姿勢を示すためだ。首相は早々に対応を決めていたが、地政学上のリスクとなる中国と安定した関係を維持するため表明のタイミングを慎重にうかがった。
「政治レベル(の派遣)はない」。バイデン米政権が「外交的ボイコット」を表明する直前の今月6日、首相は周囲にこう言い切り、中国の人権弾圧に厳しい姿勢で臨む決意を示した。
首相が率いる岸田派(宏池会)の系譜には日中国交正常化に尽力した大平正芳元首相らが名を連ねる。首相にも「親中派」との見方があるが、外務省幹部は「首相はリアリストで、全くそんなことはない」と否定する。就任後すぐに敵基地攻撃能力の検討に乗り出したのも、念頭にあるのは中国の脅威に他ならない。
首相が今回、政府関係者の派遣見送りを表明するタイミングに腐心したのは、中国に対して一定の「リスクコントロール」が必要だと判断していたためだ。
米国の外交的ボイコットに英国などは同調し、国内でも早期決断を促す声があった。だが、アジアで対中の〝最前線〟に立つ日本は独自の判断が必要だ。国会期間中に表明しなかったのも与野党から求められてではなく、政府の独立した意思を示す意図があった。
政府は閣僚らを派遣しない一方、参院議員でもある東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長らの派遣を決めたが、「中国に言うべきことは言いながら日中関係をコントロールしていく」という首相の思いの表れだ。首相周辺は「微妙なバランスをとったということだ」と語る。
首相は23日、安倍晋三元首相と北京五輪の対応を協議した。安倍氏は在任中、中国のリスクコントロールにたけ、習近平国家主席との関係を深めることで中国とロシアの接近にくさびを打ちこみ、習氏から北朝鮮による日本人拉致問題への協力の言質を引き出した。
「異形の大国」と対峙(たいじ)せざるを得ない以上、首相にもしたたかな外交戦略が求められる。(永原慎吾)