二方向避難できない「既存不適格」のリスク 大阪・北新地ビル火災

火災時に被害拡大を防ぐには、2つの避難ルートを確保する二方向避難が有効とされる。建築基準法も一定の基準を満たす建造物に対し、2つ以上の地上に通じる階段の設置を義務付けているが、放火殺人事件が起きた大阪市北区曽根崎新地のビルは階段が1つしかなかった。建築当時は合法だったが現在の規定には適合しない、いわゆる「既存不適格」だったとみられる。同様のビルは全国に多数あるが、対策にはコストと時間が必要だ。専門家は建て替えを支援する融資制度の創設などで建て替えを後押しする必要があると訴える。

法で義務付けも

事件の現場となった堂島北ビルは昭和45年に建てられた。鉄筋コンクリート造り8階建てで大通りに面し、奥に細長い構造になっていた。

4階クリニックはエレベーターを上がると、待合室や受付のスペースがある。患者らはそこで待機後、奥にある診察室などに進む仕組みだったとみられる。

建物で火災が起きた際に備え、古くから二方向避難が重要とされる。1つの避難ルートが断たれても、別のルートがあることで被害拡大防止が期待できるからだ。

建築基準法施行令は6階以上の建物に対し、地上につながる階段を2つ以上設置するよう義務付けている。ただ国土交通省によると、この規定は昭和49年に追加されたもので、45年に建てられた現場ビルには適用されない。

コストと時間

このため、現場ビルでも非常階段はエレベーターの隣にある1カ所だけ。現在の基準に適さない既存不適格だった可能性があるものの、改築などがなければ直ちに改善することは義務付けられていない。

建築の防災に詳しい大阪工業大学の吉村英祐(ひでまさ)特任教授の推計では、昭和45年以前に建てられた住宅を除く建物の総床面積は、国内全体の約12%を占める(令和2年時点)。ただ新たに階段や、避難上有効なバルコニーを設置するにはコストや時間が必要だ。吉村特任教授は「経済的な問題に加え、階段をつくれば居室に使える面積も減ってしまう。既存不適格のままのほうが都合がいいと考える人もいるだろう」と話す。

リスクに公共性

一方で事件は、二方向避難の重要性を改めて突きつける結果となった。

捜査関係者によると、谷本盛雄容疑者(61)はエレベーターで来院し、非常階段の付近に放火した疑いがある。唯一の避難経路が炎や煙でふさがれ、居合わせた人たちが逃げ場を失った可能性が高い。

神戸大学都市安全研究センターの北後(ほくご)明彦教授(防火避難計画)は、二方向避難ができないビルの多くは老朽化が進んでいるとして「(所有者が)建て替えも視野に対応を検討すべきだ」と指摘。中には収益性の高い場所に立地するビルも少なくないとして、「費用について、公的な融資制度を確立することで所有者を支援する方法もある」と話す。また階段を新設する場合は、敷地面積に対して建築可能な床面積を示す「容積率」の対象面積から階段部分を除外する緩和策も考えられるとした。

倒壊リスクのある空き家の解体費用の補助制度は全国に広がる。こうした対策を参考に「行政も既存不適格のビルのリスクを把握し、対応を進める必要がある」と述べた。