疎外感から自暴自棄か 踏みとどまらせるすべは 鹿間孝一

火災現場を調べる消防隊員ら=17日午後、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影)
火災現場を調べる消防隊員ら=17日午後、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影)

フランク・キャプラ監督の「素晴らしき哉(かな) 人生!」は、1946年の作品だが、米国ではこの時期になるとテレビ放映されるという不朽の名作である。権威ある映画批評サイトのクリスマス映画ランキングで、毎年のように1位に選ばれている。

クリスマスイブ。まだ翼を持たない見習い天使が、その夜に自殺する男を助けるよう大天使から命じられる。そして、その男のこれまでの人生を見せられる。

大学に進学して建築家になるのが夢だった男は、父の急死で住宅金融の会社を継がざるを得なくなる。町を牛耳る悪徳不動産業者に嫌がらせをされながらも、貧しい人々に家を提供するなど頑張ってきたが、クリスマスイブの朝、銀行に預ける大金を紛失してしまう。裏で悪徳業者が糸を引いており、借金を頼みに行くと、横領罪で訴えると脅される。絶望して川に身を投げようとするが、先に天使が川に飛び込み、それを男が助けて…。

「生まれてこなければよかった」という男を、天使は彼が生まれなかった世界へと案内する。そこは荒廃した町で、愛する家族や知人は皆、不幸になっていた。自分の善良さが多くの人たちを幸せにしてきたことを知って、男は「元の世界に戻してくれ。もう一度、生き直したい」と叫ぶ。

大阪・北新地のビル4階にある心療内科のクリニックに放火した谷本盛雄容疑者(61)も「生まれてこなければよかった」と思ったのだろうか。

妻と離婚し、約10年前には長男を包丁で刺す殺人未遂事件を起こしている。独り暮らしで年の瀬を迎え、社会からも時代からも受け入れられない、疎外感を覚えていたのだろうと想像する。それにしても、身勝手な犯行である。

自分が通院していたクリニックを標的にした。そこにいるのが、心の傷を癒やして何とか社会復帰しようと、治療に訪れている人たちであることは承知のはずだ。犯行の計画性や持ち込んだガソリンの量からして、また逃げ場のない建物の構造から、多くが巻き添えになるのはわかっているだろうに。

人間というのは恐ろしいことをしでかすものだ。防火・消火設備や避難経路の確保によって、被害を小さくすることはできるだろうが、自暴自棄を防ぐのは難しい。一歩手前で踏みとどまらせるには、どうしたらいいのか。頼れる天使はいない。誰も自分のこととして、この難題に向き合わなければならない。

しかま・こういち 昭和26年生まれ。社会部遊軍記者が長く、社会部長、編集長、日本工業新聞社専務などを歴任。特別記者兼論説委員として8年7カ月にわたって夕刊1面コラム「湊町365」(産経ニュースでは「浪速風」)を執筆した。