「走ることに夢中でした」 福士加代子、泣き笑いの22年

世界選手権の女子マラソンで3位でゴールし、日の丸を掲げて走る福士=2013年8月10日、モスクワ(桐山弘太撮影)
世界選手権の女子マラソンで3位でゴールし、日の丸を掲げて走る福士=2013年8月10日、モスクワ(桐山弘太撮影)

「私は走ることに夢中でした。いっぱい泣いて、いっぱい笑って、いっぱい叫んで…。本当、毎日いろいろありすぎて、おもしろい競技生活でした」。22日、来年1月末での引退を明らかにした福士加代子(39)=ワコール=は、彼女らしいコメントで22年間を振り返った。

大きな転機となったのは、やはりマラソンへの挑戦だ。2008年大阪国際で初マラソン。30キロ以降に大きく失速して、ゴールまでに何度も転倒。衝撃的な42・195キロだった。「トラックの女王」と称された福士にとって初めて味わう挫折だったかもしれない。

3度目のマラソンとなった12年大阪国際も後半に失速。08年、12年とマラソンでの五輪切符はつかめなかったが、すぐにトラック種目に切り替えて五輪出場を果たした。目の前に目標がある限り、挑戦し続けるのが福士のスタイルだった。

16年大阪国際で2時間22分17秒の好タイムをマークし、リオデジャネイロ五輪の切符をつかんだが、そのレースも終盤の落ち込みは大きかったため、決して納得のいくレースではなかった。走るたびに「マラソンは難しい」と言い続け、「次は大丈夫じゃないか」という思いが次へと駆り立てた。東京五輪のマラソン代表を目指したのも、そうした思いからだった。

大阪国際では2度優勝。一方で、19年のレースでは12キロすぎに転倒して途中棄権を余儀なくされたこともあった。痛い思いも何度も経験した思い出深いコース。最後は福士らしい笑顔で締めくくってくれるだろう。(丸山和郎)