知られざるハワイ移民 広島人の開拓精神

ハワイ移民が使用していた大型トランクについて説明する川﨑壽さん
ハワイ移民が使用していた大型トランクについて説明する川﨑壽さん

広島市南区にあるハワイ移民資料館「仁保島(にほじま)村」館長、川﨑壽(ひろし)さん(78)が「ハワイの日本人移民の真実を伝えたい」と移民の歴史を伝える講演活動を続けている。父の一市(かずいち)さんはハワイ移民で、親族もハワイ在住。明治時代には資料館のある旧仁保島村(現・広島市南区の仁保地区)から多くの住民がハワイに渡った。通説では、ハワイ移民は、現地で過酷な環境におかれたとされ、かつては「移民は棄民」「貧乏だから移民にいった」という見方もあった。しかし、川﨑さんは、自らの調査で埋もれた移民像を見いだし、伝えていきたいと考えているという。

ハワイ移民の大型トランク(左上)など。こうしたものを携え、意気揚々と帰国したという
ハワイ移民の大型トランク(左上)など。こうしたものを携え、意気揚々と帰国したという

真実を伝えたい

川﨑さんの父、一市さんは仁保地区からハワイに渡り、ハワイ島ヒロのプランテーションでサトウキビ列車の機関手として働いていた。一市さんは日米開戦よりも以前に帰国。川﨑さん自身は日本で生まれ育ったが、川﨑さんの兄姉らはハワイに永住した。今もハワイには親族がいる。

川﨑さんの住む地域にはハワイに親戚を持つ家は多く、戦後の食糧難や衣料品不足だった時代でもことあるごとに物資が届けられ、街にはコーヒーの香りが漂っていたという。

川﨑さんもハワイ移民の一市さんを誇りに思ってきた。だが一方で「貧乏だからハワイに行った」「移民は棄民だ」などと聞かされ「事実ではない」と憤りを感じていたという。

後世に正しい歴史を伝えたいと考えた川﨑さんは独自に資料を収集。平成8年に私設でハワイ移民資料館「仁保島村」を開館した。

知られざるハワイ移民史について講演活動を続ける川﨑壽さん
知られざるハワイ移民史について講演活動を続ける川﨑壽さん

150年の歴史

ハワイ移民の歴史は約150年前にさかのぼる。初の日本人移民約150人が横浜からハワイへ渡ったのは明治元年で、彼らは「元年者」と呼ばれる。

ハワイ州観光局のサイトなどによると、製糖業の労働力確保と、西欧人の来島によって持ち込まれた病気でハワイ人の人口が減少。ハワイは労働者を日本などに求めた。

広島県によると、日本とハワイとの協約にもとづき、3年契約でハワイのサトウキビや砂糖生産のために労働者として送り出され「官約移民」と呼ばれた。

政府が正式に認めた官約移民が開始されたのは明治18年で、明治27年6月までの計26回で全国から約3万人が送り出された。

県の資料には「移民の中には気候、風土、飲食、労働習慣などの急激な変化によって健康を害する人」がいたり、「炎天下での作業や長時間労働は想像以上のもの」であり「過酷な労働条件」だったが、「広島県と山口県の初期の出稼ぎ者は『まじめによく働く』と良い評価を受け、両県出身者を指定する雇い主もいた」という。

その後は移民契約が政府から民間の移民会社へと引き継がれ、私約移民や自由移民へと変遷。大正9年には、ハワイ準州の人口で日系人が4割以上を占めていたとされる。

ハワイ移民はエリート

11月半ば、川﨑さんは広島県廿日市市内で「知られざるハワイ移民史~ハワイ移民の源流を探る」をテーマに講演。訪れた人々は熱心に聞き入った。

広島県からの官約移民が多かったのは、県が積極的に応じて募集の窓口となったためだ。外国から安価な綿花が輸入された影響で、県特産の「安芸木綿」の農家などが逼迫(ひっぱく)。漁民も新開地の開拓などで漁場が狭められるなどした。政府の改革によって納税負担も大きく、移民募集に応じる人が多かったという。

移民は農民らを救済し、県にとっても外貨収入は財政の改善にもつながった。

「希望した全員が行けたわけではない。書類審査や身体検査などを経て選抜され、やっと渡航許可がおりても、さらには(出発の)横浜までの交通費や滞在費は自己負担。この時代の移民は皆エリートだった」と川﨑さんは説明する。

官約移民の賃金は当時の水準からするとかなりの高額。「帰国時には大きなトランクを8つ持って帰った人もいる」と解説する。

その後、移民募集は日本政府から民間の移民会社へと引き継がれたが、広島では帰国者の成功談やハワイからの送金に刺激されるなどして、移民希望者は増加していったという。

自費出版した「ハワイ日本人移民史」。30年にわたって探し出した貴重な資料や写真が収録されている
自費出版した「ハワイ日本人移民史」。30年にわたって探し出した貴重な資料や写真が収録されている

貴重な資料を収録

川﨑さんは、令和2年に「ハワイ日本人移民史」を自費出版。「史実に基づいたハワイ移民史を学んでもらいたい」との思いからだ。国会図書館やハワイの日本総領事館などに足を運び、約30年かけて国内外でコツコツと探し集めた公文書や写真、図録、現地の新聞記事など、数多くの貴重な資料を247ページにもわたって掲載した。

移民の真実を追究し続けてきた川﨑さんは「ハワイ移民は、日本人排斥運動や日本語学校への圧迫、太平洋戦争など大きな難問に直面しながらも、みごとに乗り越えてきた。ハワイ移民は現地との調和を非常に大切にした」と強調し、最後にこう結んだ。

「ハワイの歴史は現代社会にもきっと役に立つ。賢者は歴史に学ぶという。今の日本社会がハワイの移民の歴史から学ぶことは多いはずだ」(嶋田知加子)

「ハワイ日本人移民史」(3800円・税別)の問い合わせはハワイ移民資料館「仁保島村」(電話082・286・6331)。