投手生命を懸けた〝弟子入り〟ならば、成功することを祈るばかりです。今季も3勝3敗の不成績に終わった阪神・藤浪晋太郎投手(27)が今オフ、沖縄・伊良部島で行われる巨人・菅野智之投手(32)主催の合同自主トレに参加することが明らかになりました。期間は来年の年明けから1週間程度ですが、阪神の投手がライバル巨人のエースに頭を下げ、〝弟子入り〟することなど、阪神VS巨人の長い戦いの歴史から見れば到底、考えられなかった出来事です。逆に言えばそれほど藤浪が自身の現状を許せない、悔しい気持ちで見つめていて、来季に向けて並々ならぬ決意を秘めている…ということなのでしょう。藤浪は菅野から何を学び、吸収すればいいのか。考えてみたいと思います。
年俸は6年連続のダウン
藤浪が珍しく感情をあらわにして、「クソ!」と言葉を吐き出したシーンは8日のことでした。球団事務所で契約更改交渉に臨み、1100万円減の年俸4900万円(金額は全て推定)でサインした直後の記者会見でしたね。2016年の年俸1億7000万円から6年連続のダウン。自身の最高俸から1億2000万円以上も減ってしまった金額は、そのままここ数年の不成績の連鎖と比例したものです。自らのふがいなさ、現状に対する悔しさなどが胸のうちに充満し、言葉が漏れてしまったのでしょう。
今季はプロ9年目で初めて開幕投手を務めましたが、結局21試合に登板して3勝3敗、防御率5・21でした。4月下旬には不調で2軍降格。6月に1軍復帰後はリリーフでの登板でしたが、結果は残せませんでした。右打者の頭部付近にすっぽ抜けるボールが目立ち始め、制球難が深刻化し始めたのは16年のシーズン中からです。16年が7勝11敗。その後、17年以降は3勝5敗、5勝3敗、0勝0敗、1勝6敗。そして今季が3勝3敗…。
春夏連覇の大阪桐蔭高のエースとして阪神に入団したのが12年のドラフト会議でしたね。ルーキーイヤーの13年シーズンから3季は連続で2ケタ勝利を飾り、近い将来、虎のエースに君臨するだろう…と誰もが予想しました。それが、現状では迷い込んだ迷路から抜け出せず、来季もダメなら投手生命の危機…と言っても過言ではないでしょう。
藤浪も自らの立ち位置は分かっていると思います。更改後の会見では「(今季も)先発、中継ぎと両方やらせてもらいましたが、どっちも手付かずといいますか、ハッキリした数字を残せなかったシーズンだった。(来季は10年目で)自分もアラサーなんで。しっかり頑張って覚悟を持って臨みたい。自分の気持ちとしては先発をやりたい。そのエゴを通せない実力なら中継ぎでも、たいした成績を残せないと思っている」と話しました。
来季は春季キャンプ、オープン戦で結果を出し続けて、絶対に先発ローテーションの一角を奪いたい-という意気込みですね。簡単ではありません。今季の成績から見ても、来季の先発陣は青柳、秋山、伊藤将司にガンケル、西勇輝の5投手は優先順位が高いでしょう。これに加えて、アルカンタラや新外国人投手のウィルカーソン、先発転向を目指す及川が6番目の先発枠を狙います。ここに藤浪が食い込んで、ローテーションの座を奪うことができるのでしょうか…。ここ5シーズンの藤浪の姿から判断するのならば、「厳しいのでは」と言わざるを得ないですね。
こうした状況下で、藤浪が現状打破に向けて、頭を下げた相手は意外な人物でした。阪神のライバル、巨人のエース菅野だったのです。16日の契約更改終了後に菅野自身が明らかにしたのですが、「(藤浪から)突然、連絡が来て…。『お願いします』と言われたので、いろいろ話をして、一緒に頑張ろうか、と」。巨人のエースは驚いた表情で藤浪の思わぬ志願を振り返っていましたね。
菅野は今月中から沖縄・伊良部島で合同自主トレを行っています。藤浪は年明けから1週間程度、〝菅野塾〟に弟子入りするわけですが、ここで何を菅野先生から学び、吸収するのか…が大事なポイントになってきます。
学ぶべきはスライダーを生かす制球術
これまで藤浪はさまざまな人々から教えを請うていますね。昨年の春季キャンプでは中日OBの山本昌氏が臨時コーチを務めました。藤浪はチェンジアップの効用を説かれましたね。もっと以前では15年に広島時代の前田健太が率いる自主トレに参加したり、16年にはダルビッシュ有(当時はレンジャーズ)、田中将大(当時はヤンキース)との合同自主トレも実施しました。それが結果に結び付いたか、といえば成績を振り返れば一目瞭然でしょう。結論から言えば、ダメだったのです。
そうした経緯の中で、今度は阪神のライバル球団である巨人のエースに何を教えてもらうのか? なにが吸収できるのか?
阪神OBの一人はこう話しました。
「菅野の決め球はスライダー。藤浪も自分のことをスライダー投手と見ているだろう。だから、菅野と一緒にトレーニングを行い、スライダーをもっと磨こうとしているのかもしれないなぁ」
ただ、藤浪が学ぶべき点はスライダーの精度を高めることではない-と話を続けました。
「菅野の右打者の外角スライダーがなぜいいのか…といえば、そこに至る伏線として右打者の内角を正確にえぐる直球があるからだろう。右打者の懐をきっちり突ける球威と制球力があるから最後のスライダーが効くんだ。藤浪の場合はずっとそれがないから苦しんでいる。カウント球もスライダーで決め球もスライダーでは通用しないんだ。菅野から学ぶべき点はスライダーを生かす、直球の制球力に尽きる」
今季13勝6敗で最多勝投手に輝いた阪神の青柳も、基本的に右打者の外角球の〝出し入れ〟です。相手打者も青柳の投球パターンは熟知しています。それでも外角の変化球で打ち取れるのは、伏線として右打者の懐を直球でえぐるからです。時々はすっぽ抜けて死球になりますが、青柳は意に介さず内角を攻め続けます。こうした精神的なタフさと内角を攻められる制球力があってこそ、外角の変化球が生きてくるのです。
藤浪がずっと苦しんでいるのは、青柳ができることができていないからでもありますね。阪神OBの指摘も同じです。菅野の決め球はスライダーであっても、それが通用するのは右打者の内角を大胆に攻められる直球の威力と精度があるからなのですね。
別の阪神OBはこうも指摘しました。
「阪神の投手が巨人の選手に弟子入りするなんて、かつての阪神VS巨人の関係性からは考えられないことだ。それでも藤浪は菅野に頼った…。逆に見るならばそれほど藤浪は切羽詰まっているんだろう。来季にそれこそ投手生命を懸けているんだろう。それぐらいの決意でなければ巨人の選手に弟子入りなんて考えられないよ」
まさに最終手段こそが菅野塾への〝弟子入り〟だとすれば、素晴らしい結果がもたらされることを祈るばかりです。藤浪がもし、来季に2ケタ勝利できるのであれば、阪神の17年ぶり優勝は見えてきます。藤浪にとって伊良部島が〝転機の場所〟となることを期待しますね。
◇
【プロフィル】植村徹也(うえむら・てつや) 1990(平成2)年入社。サンケイスポーツ記者として阪神担当一筋。運動部長、局次長、編集局長、サンスポ特別記者、サンスポ代表補佐を経て産経新聞特別記者。阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。