隣の受験戦争(上)

部活も恋愛もなく勉強漬け 中国、過当競争への無力感も

年が明けると、本格的な受験シーズンを迎える。多くの高校生や浪人生たちには1月の大学入学共通テストなど、進路を決める大きな関門がやってくる。国や地域によって形式は異なるが、若者たちが将来をかけて受験に向き合う姿は海の向こうでも同じようだ。海外の受験事情の内幕はどうなっているのか。初回は中国の様子から…。

高校生の恋愛は「早恋」

中国の高校生の日常は、勉強漬けだ。

「朝7時半に授業が始まって、帰宅は夜8時。それから深夜11時まで自習するのが毎日の習慣でした」

北京の研究機関で働く20代の男性は「いい大学に進学しなければという重圧を3年間ずっと感じていました」と当時を振り返る。

2015年末まで40年近く続いた「一人っ子政策」の影響もあり、中国は教育熱がとりわけ高い。しかも大学受験を「社会的に上昇できる唯一のルート」(先の男性)ととらえる向きは多く、保護者たちは教育への投資をいとわない。

上海の研究機関が18年に上海、北京、広州各市の高校生約1700人を対象に調査したところ、恋愛経験があると回答したのは4割超だった。しかし中国では高校生以下の恋愛は「早恋(ザオリェン)」と呼ばれ、保護者や教師が別れさせるケースが目立つ。受験勉強の妨げになるというのがその理由だ。

日本の「部活」のように、毎日2、3時間を課外の文化・スポーツ活動に費やすことも通常はない。若者の間では高校生活を「監獄」に例える声もある。

高考で一発勝負

こうした猛勉強はすべて「高考(ガオカオ)」と呼ばれる全国統一大学入学試験に向けた準備だ。毎年6月に実施される高考は日本の「大学入学共通テスト」に近いが、マークシート式と記述式を併用するなど違いもある。日本のように各大学による二次試験は通常なく、一発勝負だ。自分の試験の出来に応じて志望大学と学科を複数申請し、大学側との調整によって合格する大学と学科が決まる。この際、高校の成績などの「総合評価」が加味されることもある。

高考は「全国統一」という名前を冠しているものの、受験科目は各省によって微妙に異なる。国語、数学、外国語の基本3科目に加えて、文系・理系の総合科目いずれかを選択する仕組みが一般的だったが、省レベルで変更するケースが増えている。

各大学の合格者は省ごとに割当数が決まっており、地元が優遇される。北京大、清華大などの名門校は北京や上海といった大都市に集中しており、一般的に地方出身者が合格するにはより高い点数が要求される。このため公平性に疑問を呈する声も当然ある。

19年の高考全体の合格者は820万人で、合格率は8割弱。出生数全体の5割近くが大学に進学している計算だ。なお1998年の高考の合格者はわずか108万人で、合格率も34%だった。たった20年で入学定員が7倍以上に増えたが、受験競争が緩和されたわけではなく現実はその逆だ。

中国の大学は90年代後半から私立を中心に急増し、短大に相当する高等職業技術学校なども含めると約3千校に上る。しかし多くの受験生が目指すのは国が重点的に投資する国立大だ。具体的には2017年に「世界一流の大学・学科を建設するプロジェクト(略称・双一流)」に指定された130校余りで、圧倒的に狭き門だ。

「中国は大学のランクがかなりはっきりしている。設備の整ったエリート大学は倍率が非常に高く競争がすさまじい一方、定員割れが続いている私立大学も多い」。静岡県立大の諏訪一幸教授(中国政治)はそう解説する。

トップ大学への激しい競争の背景にあるのは就職戦線の厳しさだ。急増した大学定員に見合う求人が不足し、労働市場のミスマッチが生じている。このため政府は各種の職業訓練学校を拡充し、法改正によって大卒や高卒と同じ待遇を義務付ける構えだ。工場労働者などブルーカラーの人材育成を強化する狙いがある。今後は一般大学の定員を制限する流れが強まることになりそうだ。

大学入学試験会場への入場を待つ受験生=2018年、中国山東省(共同)
大学入学試験会場への入場を待つ受験生=2018年、中国山東省(共同)

学習塾業界の締め付け

「より多くの人に豊かになる機会を与え、『内巻(ネイジュエン)』と『寝そべり』を避けなければならない」

習近平国家主席は8月、格差解消を目指す「共同富裕」をテーマにした演説の中でこう訴えた。

「内巻」と「寝そべり」。いずれも近年流行したネットスラングだ。「内巻」は英語の「インボリューション」。人類学上の用語だが、中国では「不毛で過剰な競争状態」を揶揄(やゆ)する言葉で、受験戦争を批判する際にも使われる。

「寝そべり」は日本でも広く報道された。消費や結婚、出世に意欲を見せない無欲の生き方への共感だ。いずれの流行語も、競争社会に疲れた若者たちの無力感と閉塞(へいそく)感が背景にある。

こうした中で習近平指導部が今年7月に打ち出したのが、学習塾業界への締め付け政策だった。共産党と政府が出したこの方針は、義務教育段階の子供の「宿題」と「校外研修(塾など)」の負担軽減が柱で、「双減」と呼ばれる。

中国では「スタートラインから出遅れさせたくない」との親心から、受験戦争の低年齢化が進んだ。中学、小学校での詰め込み教育が過熱し、学習塾の隆盛で教育費は高騰、少子化に拍車をかけた。

「双減」は、無駄な競争ならばいっそ皆で一斉にやめようという発想だ。

しかし、北京で小学4年の子供を持つ40代の父親は「国は大学の定員を減らそうとしている。高考の競争は一層激烈になるだろう」と競争緩和には否定的だ。

実際、中国では「上に政策あれば下に対策あり」だ。英紙フィナンシャル・タイムズによれば、絵画やディベートなどを「英語で」教える子供向け教室が人気なのだという。学習塾の授業規制を逃れるためだ。また、「家政婦」などの名目で募集する「ステルス家庭教師」(中国メディア)の動きも広がっている。こうした家庭教師や教室は高額で、経済格差を背景にした教育格差が一層広がりかねない。

諏訪教授は「いい大学を出なければという風潮が改まらない限り、(双減などの)対症療法では受験戦争をめぐる状況は変わらないだろう」と指摘した。(西見由章)

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