書評

『北斗の邦へ翔べ』 激動の箱館 交差する人生

この物語は、3つの筋が螺旋(らせん)状に絡まりながら進んでいく。1つは、元新選組副長の土方歳三が指揮する箱館政府軍に攻められた松前藩の少年、伸輔の物語。もう1つは、独立国を作ろうとする榎本釜次郎とともに蝦夷地にやってきた歳三の物語。これら2つの太い筋に、細く絡みながら徐々に存在感を増していく、「今の箱館を作った大商人」嘉兵衛の「呪い」の物語。

舞台は、「大きな者たち」に「踏みつけに」され、「大事なもの、そうでもないものまでものべつ幕なしに奪い去」られた「居場所がない」「小さな者」が、生きるために集まってきた箱館の町。人の紡ぐ歴史は搾取する者とされる者とに分かれ、誰かの何かを奪った者も、より大きな者からは同じように奪われる。だから本作の登場人物たちは、ほとんどの者が奪う側も奪われる側も経験し、伸輔も歳三も例外ではない。己個人が何をせずとも、組織に属していれば、間接的に誰かを踏みにじることもある。

そんなどうしようもなく残酷な連鎖の中で、「うすのろ侍と馬鹿(ばか)にされて育った」伸輔は、流され、打ちのめされ、絶望し、戸惑い、怒り、足掻(あが)いて、昨日とは違う一歩を踏み出そうとする。「小さな者たちは大きな者の利益に回収され、大きな者に組み込まれていく」のが前提の世で、個々がどう生きて死ぬか。人は何ができるのかを、著者は問う。

徳川の世が崩壊し、明治へと向かう時代の流れの中、箱館という稀有(けう)の地で、松前藩家中・春山伸輔は、何者でもないただの伸輔になっていく。組織を離れ、「何にも属さない」「自由」を知った少年は、「空が落ちてくる心地」の中で、どんな明日を選び取るのか。

一方、歳三は、夢を抱き、生きるために箱館の地を踏んだ。史実の歳三は、箱館戦争で死ぬ。その死に方から、後の世の人々の多くは、この男は死に場所を求めて蝦夷へ来たと言う。それはあくまで結末ありきの類推にすぎない。だが、著者は違う。歳三の目線で歴史上の景色を見、心に寄り添い、この男が北の大地に降り立った理由を丹念に探り、提示する。

伸輔と歳三、2人の異質な人生が交差する、箱館戦争前夜の展開に、刮目(かつもく)してほしい。(谷津矢車著/角川春樹事務所・1870円)

評・秋山香乃(小説家)