書評

『原敬 「平民宰相」の虚像と実像』 大政治家を生む人々とは

原敬といえば、日本初の本格的政党内閣の組織者。近代日本政治史上の巨人である。没後百年の年に評伝が刊行されるというのは、いかにもありそうなことである。しかし企画としては定番であるものの、そこで描き出される原の姿は新しい。

原は同時代において、多くの期間、不人気だった。そんな原を、後世の歴史家たちは大政治家として捉え直してきた。それは、原の人物像そのものが根本的に変化したということではない。不人気の原因ともなった現実主義者ぶりを前提としつつ、その巧みさやそれによって成し遂げられたことの大きさが、再評価された。

ところが本書は原を、政治技術の巨匠としては描かない。原の手練手管や戦略的な振る舞いの部分もときおり触れているものの、深くは掘り下げない。そうではなく、賊軍の地に生まれ、しばしば迷いや挫折を経験しながら成長し、立憲政治の実現に向けて邁進(まいしん)する姿を描く。さわやかな立志伝である。

そして、「不人気」の実相にも迫る。原が同時代の人々に期待され、評価された面も示し、また必ずしも批判されるいわれのないところで原がいかに非難の対象となったかが論じられる。

そのことと関連して、本書は原を描くのと同時に、同時代の日本の人々が原をどう捉えたかに重きを置いている。本書の最初と最後の問いかけを見ても、人々は政治家をどう捉えるべきかというのが、著者の現代的な問題提起である。大政治家・原敬を論じていながら、指導者論であるのと同じかそれ以上に人々の視点からの民主政治論であるところが興味深い。

ところで、今後日本政治に第2、第3の原敬は現れるだろうか。原が試行錯誤しつつ政党の中で成長していった様子を見ると、それはあり得るかもしれない。ただ他方で本書は、原は「努力すれば評価される時代を生き、国家とともに成長することができた世代だった」とする。そうすると、ある特有な時代が生んだ政治家ということになりそうである。政党がいかにして優れた指導者を安定的に輩出できるかは、人々が政治家とどう向き合うかという本書の提起と対になる問題として、重要なように思われる。(清水唯一朗著/中公新書・990円)

評・佐々木雄一(明治学院大専任講師)

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