史上初めて原則無観客で行われた東京五輪は8月8日、閉幕を迎えた。日本勢は過去最高となる58個のメダルを獲得し、連日の快挙に列島がわいた。だが、この興奮の裏側で、新型コロナウイルスによる危機が急拡大していた。新規感染者数は4日から4日連続で過去最多を更新し、7日は1万5753人に。祝祭の終わりとともに過酷な現実を突きつけられる。
過去最高のメダル 「安全な大会開催」
「ARIGATO」。8月8日夜、国立競技場の大型モニターに感謝の文字が浮かび上がり、17日間にわたる東京五輪はフィナーレを迎えた。
新型コロナウイルスの感染拡大で、開催自体が危ぶまれた大会。東京五輪で来日した関係者は4万人以上とされ、選手らを外部と遮断する「バブル方式」が採用された。大会期間中も観光目的で外出する選手がおり、その実効性は不安視されていたが、終わってみれば大会関連の陽性者は計436人(7月1日~8月8日)にとどまり、「五輪で感染爆発」といった一部の予測は大きくはずれる。
何より、選手のパフォーマンスが日本中に熱狂と感動を届けた。後半戦も日本勢の勢いは止まらず、金メダル数、メダル総数ともに史上最多となる金27、銀14、銅17の計58個のメダルをもたらした。
体操女子種目別の床運動で1964年東京五輪の団体総合3位以来となる銅メダルを獲得した村上茉愛(まい)、新競技のスケートボードの女子パークで銀メダルに輝き、日本勢最年少のメダリストとなった12歳の開心那(ひらき・ここな)、男女を通じて初のメダルとなる銀メダルをもたらしたバスケットボール女子と、五輪史に残る快挙が相次いだ。
勝敗を超え、感動を与えた光景も見られた。4日に行われたスケートボードの女子パークで、岡本碧優(みすぐ)が最終演技で転倒。戻ってきた彼女を、ほかの国の選手たちが担ぎ上げて称賛した。「友情、連帯、フェアプレー」というオリンピック精神が体現されたシーンだった。後に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は東京五輪を成功と総括し、「安全な大会を開催できた」と評価した。
知事会「ロックダウン検討」提言
一方、五輪から目を転じると、感染の急拡大に危機感は一層高まっていた。全国知事会は1日、外出を厳しく制限するロックダウン(都市封鎖)のような手法の検討を含む国への緊急提言をまとめた。翌2日、大阪府と埼玉、千葉、神奈川3県への緊急事態宣言の適用が始まる。もちろん東京都も宣言下のままだ。
新規感染者数は1万人を超える日が相次ぐ。4日には1万4207人で過去最多を記録。その後、7日まで4日連続で最多数を更新し続けていた。
自宅療養に批判相次ぐ
感染拡大に伴う病床逼迫(ひっぱく)に対応するため、菅義偉首相は3日、日本医師会に軽症患者や一部の中等症患者らは自宅療養を基本とする政府方針を説明。「適切な医療の提供」を要請した。
ところが、自宅で療養中に容体が急変し死亡するケースが次々に報告され、「見殺し」といった批判が殺到した。与党内からも「撤回も含めて検討し直してほしい」(公明党幹部)といった声が相次ぐ。首相は自宅療養について「全国一律ではない」と釈明に追われ、政府は5日、中等症でも原則入院の対象とすることを明確化した。
前年に続き帰省や旅行もままならない状況に、人々は心身ともに疲れている。コロナ・五輪対応に奔走する菅首相も、6日の広島市の原爆死没者慰霊式・平和祈念式であいさつ文の一部を読み飛ばすなど、疲労の色は隠しようもない。五輪の熱気をよそに、政権を覆う暗雲はいっこうに晴れなかった。
3回目接種の動き進む
海外ではこの頃、ワクチンの3回目接種(ブースター接種)の動きが広がっていた。イスラエルでは1日、感染力の強い変異株「デルタ株」による感染拡大への対策として、60歳以上の市民対象の3回目接種が本格的に始まった。
ドイツ保健当局も2日、9月から高齢者らを対象に3回目接種を行うことを決定。さらに、スウェーデン、フランス、米国でも追加接種に関して今後の見通しが報じられた。
この動きに世界保健機関(WHO)は、接種率の低い国々へのワクチン供給を優先すべきだとして、導入を延期するよう要望する。だが、ワクチン接種が日常を取り戻す重要なカギであることに変化はない。米CNNテレビがワクチン接種を完了しないで出社した3人を解雇したことが判明。イタリア政府も接種証明などがなければ公共交通機関を利用できなくなると発表した。
先進各国とそうでない国との間で、ワクチン格差が明確になっていた。
(38)2021年7月23日~ メダルラッシュの中、迫る医療崩壊