【TOKYOまち・ひと物語】「本を売る」ことは思想の伝達 評論家、浅羽通明さん

新宿区四谷で「ふるほんどらねこ堂」を営む評論家の浅羽通明さん=3日午後、同店(内田優作撮影)

東京・新宿の雑居ビル7階の一室。扉を開くと目に飛び込んできたのは、平積みになった本の山だ。評論家の浅羽通明さん(62)は、この場所で古書店「ふるほんどらねこ堂」(新宿区四谷4の28の7)を営む。時代を軽やかにさばいてきた論客が、なぜ古本屋の道に?

必ず店番に

どらねこ堂は令和元年11月に開店した。社会科学、思想、文学を中心に、浅羽さんの蔵書などから約1千冊を安く販売。自身の論考も直販している。週末と祭日、祭日の前日の夜に営業し、自ら店番に立つ。

これまで『ニセ学生マニュアル』(徳間書店)、『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』(ちくま新書)など、古今の著作を引きながら独自の切り口で論点を示す著作を発表してきた浅羽さん。古書店主という選択は意外に映るが、「古本売りはロマンですよ」と不敵に笑う。

どらねこ堂の持ち味は本を売り込む浅羽さんの縦横自在な解説だ。びっしりと並ぶ本の箱の間を抜けながら「この本の解説は面白いですよ」「この本とこの本の共通点は…」と話題は尽きない。解説はまさしく浅羽さんの評論になっている。

「日本」論じた星新一

それでは、浅羽さんの口上を少々。10月にSF作家、星新一を論じた新刊『星新一の思想』(筑摩選書)を出版。星の実像のみならず、作品を手掛かりに新型コロナウイルス禍、ネット社会、新自由主義など幅広いテーマを読み解いた。そんな浅羽さんが書箱から抜いた1冊が星のエッセー集『あれこれ好奇心』(角川書店)だ。「この中の『終戦秘話』はすごい。三島由紀夫を意識した星版戦後日本論です」

終戦工作を行う鈴木貫太郎首相と木戸幸一内大臣が未来を占える能力者に戦後日本の歴史を知らされるという筋書き。経済成長に「爆撃で生産工場は、ほとんど壊滅。なにが作れるというのだろう」、建設業出身の田中角栄、海軍士官出身の中曽根康弘の政権登板を聞き「左翼政権にあきたらず、軍部のクーデターですかね」と当惑する2人を通して戦後日本の曲折を一筆書きにするショートショートだ。この掌編に歴史の偶然性を読み取る。

「歴史も人生も鍵を握るのは『偶然』で、人為は絶えず裏切られるという諦念が星には色濃い」

星作品の魅力について「一つのメッセージを伝える教訓話ではなく、『イソップ童話』のように、さまざまな人が人生や社会について多様に考えられる寓話(ぐうわ)性がある。30年後には考えもつかない読み方がされているのではないか」と語る。

もっとさまざまなものを

耳を傾けながらも気になるのは、開業の理由だ。

どらねこ堂を開く約2年前から、星新一の作品について語り合う催しを開いていた。話の中で本を薦めることもしばしば。いっそ、古本屋になればもっとさまざまな本を紹介できるのではないかという思いが芽生えたという。

「自分は文章を書くときもいろいろな人の文章を引用して組み合わせるのが好き。でも、やりすぎれば著作権侵害でしょう。古本なら『今起きている問題も、何十年前に書かれた古典から、こういう読み方ができる』などと話して、そのまま売れる。本を売るのは、私にとっては思想の伝達なんです」

色とりどりの背表紙を前に、書物の世界の夜は更けていった。(内田優作)

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