水俣病の記録写真、後世へ  9人の目線、20万カット超

水俣病患者の手=1970年、熊本県水俣市(桑原史成さん撮影)
水俣病患者の手=1970年、熊本県水俣市(桑原史成さん撮影)

水俣病の写真集を手掛けたカメラマン9人による計20万カット超の保存や活用を目指す「水俣・写真家の眼プロジェクト」が発足し、熊本県水俣市で12日、トークショーがあった。歴史や被害実態の継承が狙いで、1960年から患者や家族を撮り続けた桑原史成さん(85)は「写真家が亡くなった時に遺族がフィルムの扱いに困ることが多い。後世に伝える努力をするのは良いことだ」と意義を語った。

「水俣・写真家の眼プロジェクト」が熊本県水俣市で開いたトークショー。右から2人目は桑原史成さん=12日午後
「水俣・写真家の眼プロジェクト」が熊本県水俣市で開いたトークショー。右から2人目は桑原史成さん=12日午後

トークショーには桑原さんを含め、アイリーン・美緒子・スミスさん(71)、芥川仁さん(74)、故塩田武史さんの妻ら計7人が参加。作品を上映しながら撮影時の状況などを紹介した。アイリーンさんは、学校での講演活動に触れ「視覚を通じて訴えることのパワーを感じた。作品にアクセスしやすくすることが大事だ」と話した。

労働争議に参加した新日本窒素の労働組合員=1962年、熊本県水俣市(桑原史成さん撮影)
労働争議に参加した新日本窒素の労働組合員=1962年、熊本県水俣市(桑原史成さん撮影)
水俣湾でとれた汚染魚=1976年、熊本県水俣市(小柴一良さん撮影)
水俣湾でとれた汚染魚=1976年、熊本県水俣市(小柴一良さん撮影)