書評

『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』樋田毅著 非暴力でどう闘い得るか

『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』
『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』

私が早稲田大学に入学した昭和47年の11月8日、第一文学部(一文)の2年生、川口大三郎君が過激派集団「革マル派」に虐殺されるという陰惨な事件が起きた。早大生たちは暴力を糾弾し、自由な学園を作ろうと立ち上がる。それは他に類を見ない、真に自主的で大衆的な運動だった。本書はその先頭に立った樋田毅さんが半世紀を経て当時を振り返り、自らの苦闘に向き合ったルポである。

革マル派は一文の学生自治会を牛耳って日常的に暴力を行使していた。大学当局が見て見ぬふりをする中、学生や教員が暴行を受け、登校できない学生も多かった。そこに起きたのが、政治党派に属さない一般学生、川口君の殺害だった。私たちは大きな衝撃を受け、革マル派をリコールし自分たちの手で自治会を再建しようと、各学部で学生大会を開いた。これを阻止するために全国動員された革マル派に対し、私たちはスクラムを組み、素手で学生大会を守り抜いた。革マル派が共産主義の革命歌「インターナショナル」で気勢を上げると、学生たちから早稲田の校歌「都の西北」の合唱が沸き起こりキャンパスに響きわたった。

この闘いを率いたのが、私と同じ1年生の樋田さんだ。革マル派の脅しや暴力に屈せず、平易な言葉で熱く訴える樋田さんは絶大な人気を集め、一文の新自治会の委員長に選ばれた。

この動きを革マル派は暴力でつぶしにかかる。樋田さんは非暴力を貫こうとするが、負傷し脱落する仲間が相次いだ。対抗上、こちらも武装すべしとの声も高まり、運動が混迷するなか、樋田さん自身が革マル派に襲われ重傷を負う。心身ともに傷ついた樋田さんは闘いの場から退き、運動は大きな犠牲を払って終焉(しゅうえん)を迎えた。

闘いは挫折を強いられた。しかし、そこには今後に語り継がれるべき普遍的な意味があることをこの本は示してくれる。本書は「不寛容に対して私たちはどう寛容で闘い得るのか」との問いかけで締めくくられている。香港そしてミャンマーで、自由を求める声は圧殺されている。理想を希求する人間の営みは尊い。だが、非暴力はむき出しの暴力を克服できるのか。それがいま世界に問われている。(文芸春秋・1980円)

評・高世仁(ジャーナリスト)

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