ロングセラーを読む

よく知るゆえに誤った人々 戸部良一著『日本陸軍と中国 「支那通」にみる夢と蹉跌』

旧陸軍には「支那通」と呼ばれる一群の軍人がいた。彼らは中国のスペシャリストとして養成され、現地の情報を外務省よりも広範かつ徹底的に収集し、また軍中枢で中国の動向を分析して陸軍の大陸政策を左右した存在だった。

誰よりも中国に精通し、日中の提携を目指してもいた専門家たちが、なぜ日中戦争とその泥沼化という判断ミスに至ったのか。先の大戦での日本軍の敗因を分析した共同研究『失敗の本質』などで知られる歴史家が、その逆説を考察したのが本書だ。

平成11年に講談社選書メチエから刊行されて版を重ね、28年にちくま学芸文庫に収録された。中国語版も出版されるなど、国際的にも高い評価を受けている。

明治以来の支那通の群像をたどる中で、ひと際クローズアップされる人物が、辛亥革命後の中国の変化を真っ先にとらえた佐々木到一(1886~1955年)だ。軍閥抗争が続く中国の統一に懐疑的だった旧世代の支那通とは異なり、佐々木は近代的統一国家を目指す孫文率いる国民党に強く共感して革命の支援を訴え、中国ナショナリズムの台頭を歓迎した。

だが、ナショナリズムに目覚めた中国は日本を打倒すべき帝国主義国とみなし、昭和に入った頃には居留民排斥運動の頻発などで日中関係は急速に悪化する。国民党の理解者として軍事衝突事件の解決を図った佐々木は中国軍に捕らえられて激しいリンチを受けた上、事件後は中国側から接触を断たれた。中国にすっかり幻滅した佐々木は、武力行使もやむなしとする強硬論者へと変貌していく。

佐々木をはじめ支那通の多くは日中提携というアジア主義的理想を持ち、生の中国をよく知る優秀な地域専門家だった。それゆえに研究と理解の対象である中国を自らと一体化してしまい、自分の価値観や理想を投影した結果、思い通りの行動を取らない現実の中国とのズレで深い失望にとらわれてしまった、と著者は指摘する。

「佐々木の幻滅から、あるいは他者認識の欠如から、いまわれわれが学ぶべき点は少なくはないだろう」

日本人が中国という隣国を深く知ろうとする際に、適切な距離感を保つことの重要性と難しさを本書は教えてくれる。