芸能インサイド

人間国宝の大槻文蔵 能の力、信じて

「能楽界の活性のためには中堅若手の台頭が待たれる」と話す大槻文蔵=大阪市中央区(前川純一郎撮影)
「能楽界の活性のためには中堅若手の台頭が待たれる」と話す大槻文蔵=大阪市中央区(前川純一郎撮影)

能楽界の第一人者で観世流シテ方の人間国宝、大槻文蔵は静かに語る。「能楽界を取り巻く環境がさまざまに変化している今こそ、能楽ファンを増やす努力が必要だ」。近年、現代人の生活リズムの変化に、昨年からの新型コロナウイルス禍が追い打ちをかけ、能を取り巻く状況は厳しい。それでも文蔵は精力的に能を演じ続ける。その奥深い世界、力を信じる79歳の思いに耳を傾けてみる。

変わらぬ思い

「今年はコロナ禍の影響で前半はほとんど演能がなかったのですが、後半、緊急事態宣言が解除されてから急に増えましたね」と振り返る文蔵。暮れまでに「定家(ていか)」など、大曲、難曲の公演がまだまだ控えている。それだけ、文蔵の能を見たいと熱望するファンが多いという証しだろう。

来年、80歳の傘寿を迎える。「この年齢になりますと、やりたくても、体力的に最高の状態でできない曲が増えてきます。『居(い)グセ』といって長く座ったまま演技をして、その後すっと立つような動きが特に難しい」と語る。

しかし、心に宿る思いは年を重ねても変わらない。「舞台に立つ以上、なんとか最後までうまくやり遂げたい、凝縮された能をお見せしたい。そういう思いでいます」

変化への憂い

能楽観世流シテ方で人間国宝の大槻文蔵=大阪市中央区(前川純一郎撮影)
能楽観世流シテ方で人間国宝の大槻文蔵=大阪市中央区(前川純一郎撮影)

本の深い解釈、研ぎ澄まされた技量、気品ある舞台姿。平成30年には文化功労者にも選ばれた。大阪を本拠に全国で活躍し、関西だけでなく、能楽界全体を牽引(けんいん)する立場にもいる。

最近、能を取り巻く環境が変わってきたと憂う。

「昔は謡(うた)いを習っている人が多く、いわゆる町の師匠もたくさんいた。能の興行を支えてくれていたのがそういう方々だった」と文蔵。「謡い人口が減るにつれ、能の公演スタイルも変わってきました。個人のリサイタルが増えたものの、1人の能楽師が能楽堂を満席にすることが難しくなってきた」と指摘する。

能の見所(けんしょ=客席)にも変化を感じている。文蔵が考える理想形は、能をよく知っている人、少し興味がある人、初めて見る人の3者の割合が3分の1ずつだという。「能をよく知っている人が、能を見る雰囲気を作るんです。ところが、その割合が減ってきている」

だからこそ、子供のときから日常的に能に触れる機会を増やしたい。そんな思いから、北海道から九州まで全国各地の小学校に自ら出向き、体育館などで「土蜘蛛(つちぐも)」のようなスペクタクルな曲を演じ、子供たちに能の楽しさを伝えている。

「感受性が豊かで能に対する先入観のない頃に、能を見ていただくことが大事。素直に興味を持ってもらえる」

復曲の役割

ライフワークとしては、長く上演が途絶えていた演目を復曲する作業も精力的に行っている。その数、約25曲。今月12日にはそのうちの一曲「菅丞相(かんしょうじょう)」を大槻能楽堂(大阪市中央区)で上演する。平成14年、約550年ぶりに復曲し、大阪天満宮で披露した曲だ。

復曲能「菅丞相」の一場面=平成28年5月、東京都渋谷区の国立能楽堂(国立能楽堂提供)
復曲能「菅丞相」の一場面=平成28年5月、東京都渋谷区の国立能楽堂(国立能楽堂提供)

政敵のたくらみで太宰府に流され、かの地で憤死した菅丞相(菅原道真)の霊が比叡山の法性坊のもとに現れ-という展開。恨みから一転、天神となった菅丞相の思いがつづられる。

復曲という作業には、これからの能楽界に対する文蔵の思いがある。「復曲作業は、現代に通じる面白い曲をレパートリーとして増やし、能の世界に新しい風を入れることが目的。能の活性化につながると信じています」

そして、能の未来に必要なのは「新しいスターをつくること」ときっぱり言い切り、「若い人たちには気概を強く持って頑張ってほしい」と語った。(亀岡典子)

お知らせ

復曲能「菅丞相」/12月12日午後4時から、大槻能楽堂。シテの菅丞相の霊を文蔵が勤める。ほかに、善竹隆司らで狂言「無布施経(ふせないきょう)」。

「新春能」/来年1月3、4両日とも午後2時から、大槻能楽堂。3日=浅井文義の翁(おきな)、茂山茂の三番三(さんばそう)で「翁」、茂山千五郎の狂言「佐渡狐」、大槻文蔵の能「羽衣・彩色之伝」▽4日=文蔵の翁、野村太一郎の三番叟(さんばそう)で「翁」、野村万作、野村萬斎で狂言「靭猿(うつぼざる)」、観世喜正の能「大会(だいえ)・京童(きょうわらべ)、大勢(おおぜい)」。

※いずれも問い合わせは大槻能楽堂(06-6761-8055)。