香川県琴平町出身の芸術家、和田邦坊(1899~1992年)の絵をラッピングしたバスが、琴平バスに登場し、12月から運行を始めた。大阪-琴平間を1日1往復運行。「香川をデザインした男」の異名を持つ邦坊の魅力に触れながら、地元の体験プログラムなどにも参加できるツアーの専用バスだ。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、地元の観光産業は大きな打撃を受けているが、こんぴら参りだけにとどまらない、新たな観光も育てようという試みでもある。
体験プログラムが特徴
ツアーは1泊2日。「こんぴらさん」の呼び名で親しまれている金刀比羅宮への参拝に加え、地元の店舗などで行われる体験プログラムにも選択して参加できるのが特徴だ。
染匠吉野屋の「讃岐のり染め」や丸亀うちわづくり体験▽ヒトツブビーズ店のアクセサリー作りワークショップ▽栞やのスパイスづくり体験▽中野うどん学校のうどん作り体験▽琴平文具店のオリジナルノートづくり体験-など。
体験プログラムを通じて地域の人とつながりを深めてもらい、町に関わりを持った人を増やすのがツアーのねらいだという。
琴平バスの楠木泰二朗社長は「琴平観光はいろんな選択肢から選べる楽しみがあるというイメージを伝えられたら。観光地の型にはまらないものを提供し、リピーターになってもらいたい」と、力が入る。
アートとコラボ
ツアーバスのラッピングには、香川ゆかりの土産物の包装紙などを数多く担当し、「香川をデザインした男」の異名も持つ地元出身の和田邦坊の絵を取り上げた。琴平銘菓「灸まん」をはじめ「名物かまど」、ぶどう餅、うどん本陣山田家など、香川県の土産物のパッケージを手掛け、地元で親しまれてきた。
もともとは新聞社に勤務。教科書にも掲載されている風刺画で、店先でお札を燃やし「どうだ明るくなったろう」と話す成金の絵を描いたことなどで知られる。映画化された『うちの女房にゃ髭がある』など小説も執筆するなど多彩な才能を発揮した。大河ドラマの主人公、渋沢栄一のもとを取材で訪れたこともあったという。
ラッピングバスの名称も、英語で「和田邦坊のバスの中の美術展」と命名。後部座席には赤じゅうたんの上に陳列ケースを設置し、邦坊が作った絵馬やマッチ箱、箸袋、絵はがきなどを整然と並べ、バスは「走る美術館」にもなっている。
邦坊を研究している灸まん美術館学芸員の西谷美紀さんが監修を担当。「邦坊らしい鮮やかな色使いと軽やかな筆遣いが伝わるデザインを選んだ。実物のバスを見て、想像以上にかっこよく仕上がっていてほっとした」と、満足そうだった。
地元有志がアイデア
コロナ禍で地元の観光業は大打撃だ。琴平町観光商工課によると、町内の観光客は令和元年は約263万人だったが、昨年は約153万人、今年は10月末現在で約70万人と急激に落ち込んでいる。
町内の大型旅館の担当者は「Go To トラベルがあった昨年の同じ時期と比べ、今は客数、売り上げとも半分ぐらい。団体客が戻らないので非常に厳しい」と漏らす。
「灸まん」の製造販売元「こんぴら堂」の位野木正社長は「うちは菓子を作って売ることしかない。年末年始用の製造が始まっており、これから感染拡大しないか戦々恐々だ」と話す。
ツアー開催のきっかけは、地元でカフェやギャラリーを営む「栞や」代表の岸本浩希さん、琴平バスの楠木社長らを中心に開いた勉強会だった。
旅館、飲食店、農家などの20~30人が参加し、これからの観光のあり方を相談。出てきたのは「こんぴらさんだけに頼らない新たな魅力づくりが必要。一生に一度きりではなく何度も足を運んでもらえる町を目指そう」という声だった。
今回のバスツアーを手始めにアートと関連した取り組みを進めていきたい考えだという。
岸本さんらは、アーティストが一定期間滞在しながら創作活動に取り組む「琴平アーティスト&クリエイターinレジデンス」という取り組みも進めており、アートを通じて人を呼び込む、新しい魅力づくりの模索が始まっている。(和田基宏)
◇
大阪往復ツアーバスの運行は来年2月17日まで。2人1部屋の場合6750円~3万950円(税込み)。問い合わせはコトバス予約センター(050・3537・5678)。
また、灸まん美術館(香川県善通寺市)では館内の和田邦坊画業館で来年1月2日から企画展「味な世の中」を開催。第1部は5月8日まで。午前9時から午後5時。休館日は毎週火・水曜日、月日~1月1日。入館料は一般500円ほか。