一聞百見

コロナ禍の「奈良博」 井上洋一館長の奮闘

奈良国立博物館長に今春就任した井上洋一さん。なら仏像館(後ろ)は旧帝国奈良博物館本館として重文に指定されている=奈良市(須谷友郁撮影)
奈良国立博物館長に今春就任した井上洋一さん。なら仏像館(後ろ)は旧帝国奈良博物館本館として重文に指定されている=奈良市(須谷友郁撮影)

原点回帰、展示品と対話

新型コロナウイルス感染拡大では、全国の博物館・美術館も臨時休館を余儀なくされるなど苦境に立たされた。今年、聖徳太子の1400年遠忌(おんき)を記念する特別展を開催した奈良国立博物館(奈良市、奈良博)はどう対応したか。考古学を研究する一方、博物館の企画部門に携わり今春、同館長に就任した井上洋一さんはコロナ禍から原点を見つめつつ、「仏教美術の殿堂」の将来に思いをはせる。

奈良博では今春、4月27日~6月20日に予定された特別展「聖徳太子と法隆寺」に向け準備が進められていた。だが、新型コロナの感染拡大に伴い、開催の是非をめぐって関係者らと検討を重ねることになった。

「多くの人に素晴らしい作品と出合ってもらい、心豊かになっていただきたい。それが声高に『来てください』と言えない状況でした」。コロナ禍では全国の博物館・美術館と同様、奈良博でも頭を悩ませた。

「(令和元年に亡くなった)法隆寺住職の大野玄妙さんには太子の思想を伝えたいという思いがあったでしょうし、仏教美術を多くの人に見てもらうために開催したかった。さらにコロナ禍だからこそ、祈りの展覧会という位置づけにもしたいと」

実現に向け実は個人としての「祈り」もあった。副館長を務めた東京国立博物館では昨年3月から5月にかけ特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」を企画し、準備も整えた。しかし、感染拡大によって開幕を断念し、中止となった。

正倉院展の報道公開ではその見どころなどを話した=奈良市(永田直也撮影) 
正倉院展の報道公開ではその見どころなどを話した=奈良市(永田直也撮影) 

「その展覧会は幻となっただけに、奈良博での聖徳太子と法隆寺展は無事に開催できればありがたいという思いがありました」。結局、奈良博では「密」を避けるため観覧日時を指定する前売り券によって入館者を制限したものの、全期間開催できた。さらに、皮肉にも感染拡大下、制限により実現されたことがある。

「今回はゆっくりと作品と向き合っていただいたのでは。何より作品と対話し、歴史、文化、当時の人たちに思いをはせ、心豊かになってほしいのです」

混雑した会場では立ち止まることもできず、人の頭を見るようだが、コロナ禍は博物館のそんな原点を見つめ直す機会となった。

また各館では、海外を含め他館から作品を借りにくい状況だったため収蔵品の価値を見直せたほか、オンラインによる作品の紹介や講座の開催も盛んになった。

「作品の魅力を知ってもらうとともに、遠くの人や体の不自由な方に館を身近に感じてもらうことにつながったのではないでしょうか」。コロナ禍は博物館の新たな可能性も探らせてくれたようだ。