朝晴れエッセー

着物と羽織・12月10日

昭和34年の春、私は結婚して大阪で所帯を持った。大阪には親戚もなく心細い日々を送ったことが、今になっては懐かしい。

その頃は、女性の外出着はもちろんのこと普段着も着物姿が多い時代であった。

2人の荷物を整理していたときである。柳ごうりは夫の荷物、その衣類の中に、仕付け糸のついた男物の着物と羽織が入っていた。

「この着物は、正月に着るようにお母ちゃんが作ってくれたから大事にしといてや」と夫が言った。私は、和ダンスに丁寧に納めた。

それから何年かが過ぎ、正月も迎えたが、その着物を着たことはなかった。

しかし、夫は時々思い出したかのように「ぼくの着物、ちゃんとあるやろなぁー、お母ちゃんが作ってくれたから今年の正月に着るわ」。そう言いながらも手を通すことは一度もなかった。

80歳を過ぎ高齢とともに物忘れがひどくなった。その後、認知症と診断された。

1年ごとに症状も進行して、歩行も困難になり今年の夏に89歳で亡くなった。

私は、和ダンスから着物と羽織を出した。夫の旅立ちに着せようと仕付け糸をはずした。

葬儀社の方に着せてもらい、初めて見る和服姿。義母の思い、夫の念願がかなったようで私の気持ちも軽くなった。

壁にかかったカレンダーも、1枚になり年の瀬を迎える。夏に逝った和服姿の夫が目に浮かんでくる。

後藤悦子 81 大阪市天王寺区