勇者の物語

後任監督 「3条件」にかなう土井監督 虎番疾風録番外編365

オリックスの監督就任が決まった土井(左)と中西=平成2年10月20日、東京ドーム
オリックスの監督就任が決まった土井(左)と中西=平成2年10月20日、東京ドーム

■勇者の物語(364)

上田監督の「退陣表明」の後、スポーツ各紙には連日のように後任監督候補の名前が挙がった。

長嶋茂雄、王貞治、広岡達朗、与那嶺要、古葉竹識。なんと、5月にメッツの監督を解任された元巨人のデーブ・ジョンソンの名前まで―。

担当記者たちははじめ後任には「ポスト上田」といわれていた福本豊2軍監督(42)が最有力だと思っていた。球団身売りとともに現役を引退。オリックス1年目は1軍の打撃コーチ。この平成2年から2軍監督を務めていた。

すでに他球団では有藤道世(ロッテ)、星野仙一(中日)、山本浩二(広島)、田淵幸一(ダイエー)ら同じ〝花の44年組〟が次々と監督を経験、就任していた。けっして早くはない。だが、オリックスの井箟球団代表は「早い」と言い切った。

「福本2軍監督は3年は修業が必要と思う。打撃コーチから2軍監督になったのも、今度は監督修業―の意味があったからだ。上田監督のあと? そんなことをしたら福本君がつぶれてしまう。やはりじっくり勉強してもらいたい」

――やはり阪急色の一掃か? 記者の一人が意地悪な質問を投げかけた。

「それはない。神戸に移転するからといって現場の阪急色を一掃しようとは思っていない」

球団は来季の神戸移転にともない、新監督としての〝3条件〟を決めていた。①チームを強くできる人②監督、コーチの経験のある人③神戸に縁のある人。

宮内オーナーの頭の中には早い段階から有力候補がいた。土井正三である。昭和17年6月28日生まれ、当時48歳。神戸市出身。兵庫・育英高から立教大へ進み、40年に巨人へ入団。名二塁手としてV9に貢献。長嶋、王両監督の下でコーチを経験していた。

9月13日、東京都目黒区の自宅前で記者に囲まれた土井は笑顔でこう言った。

「ボクはこんな性格だからウソは言わない。ボクの聞いている範囲では、あした14日に井箟代表が宮内オーナーと会う。わたしに連絡があるとすればその後でしょう。みなさん、大阪から取材に? 縁があればまた顔を合わせるかもしれないね」

オリックスは17日に正式要請。土井は20日に「受諾」を伝えた。(敬称略)

■勇者の物語(366)

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